Movie「アーティスト」――時代の転換期を生きる人たちへ
今年2月に発表された米国の第84回アカデミー賞で作品賞など5部門のベスト賞を受賞したのは、フランス映画の新作’無声(サイレント)映画’「アーティスト」。構想10年。パロディに陥らず映画の原点を培ってきた監督、名優たちへのオマージュにあふれたシンプルなロマンティック・コメディだ。
時代設定は、無声映画からトーキー映画に移り変わる1927―32年を舞台に、大スターのジョージ・ヴァレンティンと女優を目指してオーディションに来たペピィ・ミラーとの恋物語。
ジョージが愛犬アギー(ジャック・ラッセル・テリア犬)と共演した新作のプレミアムショー。映画館前で人ごみに押されてペピィがジョージにぶつかってしまう。何事もなくペピィとファンサービスするジョージ。ペピィは大胆にも、ジョージのほほにキスをして、写真に撮られてしまう。翌日の新聞には、写真と大見出しで「この娘は誰だ!」。撮影所でも話題になっているところにオーディションを受けにきたペピィ。タップダンスの練習をしているペピィと出会って、ジョージはペピィをエキストラに推薦する。
ジョージの楽屋にお礼にやってきたペピィに、ジョージは「女優には、なにか特徴がないと」と言いながらアイライナーで口元につけぼくろを描く。それからのピティには、踊り子、メイド、名前のある役などがつきチャーミングなつけぼくろも人気を得てきた。だが映画界はサイレントからトーキに変わっていく。演技力で魅了していくサイレント映画こそ芸術であり自分はアーティスト(芸術家)だと自負するジョージだが、観客は遠のき自分の名前も次第に忘れられていく。妻とも離婚し、執事に給料も支払えず、酒におぼれていくジョージ。トーキー映画になっても大スターの地位を得たペピィは、ジョージへの尊敬が思慕へと変わっていき、彼を再び銀幕の大スターに復活させたいという思いが明確になっていく。
映画は、サイレントからトーキーへの変革期を描いたが、社会もブラックサーズデイ(’29)が引き金になった世界大恐慌とも重なる激動の時代が舞台。現代もフィルムからデジタルへ、2Dから立体画像の3Dカメラ、重低音での臨場感あふれる映画への変わり目。また、リーマン・ショック(’08)からの世界的・連鎖的恐慌の渦からも抜け出せないでいる現実社会。日本でも昨年の大卒就職率は61・6%を記録し、「自分は社会から必要とされていないのか」と感じさせられるような状況にある。このような時代に「アーティスト」が、2011年のベスト作品に選ばれたたのは、時代の転換期にを生きる人たちへの愛と希望を失わないでとエールを送っているようでもあり興味深い。
ある意味、分かりやすい爽やかなラブストーリー。どこか聞き覚えのあるスウィングジャズや映画音楽のメロディ。名シーンを彷彿とさせる演技や演出。この作品は、「映画へのラブレターとして作られ、私の映画史に対する称賛と尊敬から生まれた」と語ったアザナヴィシウス監督。オリジナリティ豊かなオマージュ作品なのか、先達の作品を盗み取った単なるパロディなのか。感想と意見は様々にあるだろう。
評論家の多くはオマージュ作品としてのオリジナリティを高く評価している。それは、監督がこの作品を作る動機でもあった「映画の原点を見つめ直す」ということにもつながる。シンプルなストーリー展開は、自分の持っているものを見つめる人が傍に居ることの幸いを語り、セリフもなく音楽とポイントとなる短い説明での場面切り替えと表情やボディランゲージは心の温かさまで伝えてくれる。
監督:ミシェル・アザナヴィシウス 音楽:ルドヴィック・ブールス 2011年/フランス/101分 白黒/英題:THE ARTIST 配給:ギャガ 4月7日(土)よりシネスイッチ銀座、新宿ピカデリーほか順次全国ロードショー
公式サイト:http://artist.gaga.ne.jp