マルセルと大病が見つかった妻のアルレッティ ©Sputnik Oy
マルセルと大病が見つかった妻のアルレッティ ©Sputnik Oy

久しぶりに’人情味’という懐かしい言葉に出会えたような映画だ。街のおじさん、おばさんたちをスケッチすると、こんな感じかなというお顔がよく出てくる。ただ、日本映画だと笑顔のスケッチになるイメージだが、フランス北西部ノルマンディーのセーヌ川河口にある港湾都市ル・アーヴェルを舞台にしたおじさん、おばさんたちはあまり笑顔は見せてくれない。みなさん普通のお顔。それでいて、「見ちゃぁ、いられないね」とばかりに何かと関わってくれる。

元芸術家のマルセル・マンセル(アンドレ・ウィルム)は、パリから流れてきて今はル・アーヴェルの街角で靴みがきをしている。わずかな日銭しか入らないが、妻のアルレッティ(カティ・オウティネン)とワインに支えられ、近所のパン屋のイヴェット(イヴリヌ・ディディ)や八百屋のジャン=ピエール(フランソワ・モニエ)にはツケが溜りぱなし。それでも、どうにか融通してくれる気さくな隣人たち。

そんなある日、港の桟橋でマルセルが食事をしていると、橋げたの水辺に身を潜めている少年イドリッサ(ブロンダン・ミゲル)を見つける。間もなく捜索にやって来た警察。とっさにマンセルは、少年は見ていないと言ってやり過ごす。アフリカのガボンから家族と一緒に不法越境者となってロンドンに向かっていたが、隠れていたコンテナが港に荷揚げされたため警備員に発見され、イドリッサだけが逃れてきた。

関わると放って置けないマルセル。妻アルレッティに重い病が見つかり、入院して不在の自宅や行きつけのカフェの女主人クレールの助けを得ながら、収監所に拘束されているイドリッサの祖父と会い、イドリッサの母親がいるロンドンの連絡先を聞き出す。だが、パスポートのない不法越境者のイドリッサをロンドンに密航させるのには3,000ユーロの大金を用意しなければならない。医師は妻アルレッティの余命がわずかなこと、奇蹟は望めない状態だとマルセルに宣告している。そのアルレッティからは、毎日お見舞いに来られると自分の心が苦しくなるので2週間は来ないでほしいと哀願されたマルセル。そんな切迫した状況の中でマルセルは、妻と夫婦喧嘩して落ち込んでいるロック歌手リトル・ボブ(ロベルト・ピアッツア)を引っ張り出しチェリティライブでの資金稼ぎに成功する。だが、イドリッサの存在は密告され、モネ警視(ジャン=ピエール・ダルーサン)の捜査の手が次第に近づいてくる…。

マルセルの身辺を操作するモネ警視 ©Sputnik Oy
マルセルの身辺を操作するモネ警視 ©Sputnik Oy

移民受け入れ国のフランス。一方で、旧植民地国などからの不法越境者や不法難民の越境入国者も増えてくる。現実社会でも、根の深い難問題だが、大上段に振りかざすことなく、母を求めてロンドンへ行きたいというイドリッサの願いを、素直に適えてやりたいと関わっていく町のおとなたちがなんともステキだ。そして、奔走したマルセルへのどんでん返しの結末。

南北問題、経済的な貧富の格差など自由と平等の理想には、遠いように見える現実社会。アキ・カウリスマキ監督は、「(自由と平等は)いつの時代も楽天的過ぎた。だが『博愛』はどこでも見つけることができる」と、この作品のメッセージをフランス国旗のトリコロールになぞらえて語っている。

聖書に、道中で強盗に遭ったユダ人を介抱し、宿屋に泊めた「よきサマリア人の譬え」(ルカ10:30-37)がある。サマリヤ人はそれなりに裕福なのだろうが、ユダヤ人からは侮蔑されていた立場だった。そのサマリヤ人が、ユダヤ人の隣人になったところに「あなたの隣り人をあなた自身のように愛せよ」との使信があることを、思い起こさせられた。

アキ・カウリスマキ監督 2011年/フィンランド=ドイツ=フランス/93分(フランス語)/原題:LE HAVRE 配給:ユーロスペース 2012年4月28日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開

公式サイト:http://www.lehavre-film.com