©RFF INTERNATIONAL, PALLAS FILM, INFORG STUDIO, VERTIGO / EMOTIONFILM and DAKAR, 2008 All rights Reserved
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黒海に面したバルカン半島の一角、アジアとヨーロッパの文化が交差する正教会の国ブルガリア。この故郷を目指して祖父が記憶喪失の孫とタンデム(2人乗り自転車)サイクリングで帰るロードムービーだが、気骨ある祖父の手荒だが滋味のある教育を通して、孫や子どもの人生力を鍛えるのは大人の責任であることを痛感させられる秀作だ。

共産党政権時代にドイツへ亡命した親子が、2007年に故郷ブルガリアへ帰るため高速道路を走っていた。だが、乱暴な車の運転に巻き込まれ、父親のヴァスコ(フリスト・ムタフチェフ)と母親のヤナ(アナ・パパドプル )は死亡し、息子のアレックス(カルロ・リューベック)だけが生き残ったが記憶を失っている。

知らせの電話を受けた祖父のバイ・ダン(ミキ・マノイロヴィッチ)が、孫のアレックスを引き取りにドイツへ向かった。治療にあたっている医師は、ショックがどう影響するのかを見定めるため、アレックスにはまだ両親の事故死を告知しておらず、バイ・ダンにも協力を求める。記憶を失っているアレックスには、バイ・ダンのことも覚えておらず、周囲が祖父というので図々しく感じさせながらも毎日の見舞いを受け止めざるを得ない。バイ・ダンにしてみれば、アレックスが幼少の時にプレゼントしたバックギャモンのボードを見せても何の反応も示さず、拉致のあかない状況に苛立ち、アレックスに両親の事故死を告げてしっかりハグし、故郷へのタンデムサイクリングへと旅立つ。

故郷では「バックギャモンの王様」として鳴らし、むかし東ドイツに留学したときハンガリー動乱で学生運動を組織してブルガリアへ送還された経歴を持つバイ・ダン。ヴァスコが勤める工場の人事部長は、バイ・ダンの監視役でもありヴァスコの弱みに付け込んでバイ・ダンの行動を密告するように追い詰める。悩み苦しむヴァスコは、バイ・ダンにバックギャモンの勝負を一局申し入れると、全てを察しているかのようにバイ・ダンは、「道は必ず開ける。状況が絶望的なら戦略を変えればいい。危険を顧みず、強行突破だ。最善を信じて」とヴァスコを諭す。亡命を決心したヴァスコは、妻ヤナの反対を押し切ってブルガリアを出た。そうした経緯や亡命の途中イタリアの収容所での生活が挿入され物語が展開する。

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現代の成長した孫のアレックスにブルガリアでの両親のことや幼いころのことを話し、途中のキャンプでは奥手の孫に恋のアプローチをけしかけるバイ・ダン。自由な意思を抑圧された時代を反骨精神で生き抜いてきたバイ・ダンは、アレックスの記憶がよみがえるよう、これからの人生をしっかり生き抜いていけるよう、時には手荒く、必要なときには優しく見守り鍛えながら故郷を目指す。

祖父夫婦、若夫婦、孫の家族が、一つ屋根の下に住むことが当たり前だった時代が日本にもあった。お節介や面倒臭さを感じながらも、孫は祖父母を慕い、人生の知恵を肌で感じるよう育てられてきたのだろう。それは、聖書の世界にも書かれている家族の風景でもある。人口の8割が正教会の信仰と文化の中に生活している彼の国から、いまの日本が忘れつつある大人の責任、子どもや孫を鍛えることへの’関心’を再起させれる。
本作の原題は’Svetat e golyam i spasenie debne otvsyakade’(世界は広い-救いは何処にでもある)。故郷を目指す夢のある邦題のメッセージが、ここにある。それは厳しい夜明け前の暗闇のようなときもあるが、バックギャモンのサイコロを振るのは、どんな目が出ても自分。出た目を前向きに意思をもって展開を決意するとき、感動と新しい光が見えてくる。  【遠山清一】

監督:ステファン・コマンダレフ 2008年/ブルガリア=ドイツ=ハンガリー=スロベニア=セルビア/105分/原題: 配給:エスピーオー 5月12日(土)よりシネマート新宿ほか全国順次公開。

公式サイト:http://www.kaerou.net