自由を求めて脱走を決意するヤヌシュ。 (c)2010Siberian Productions,LLC
自由を求めて脱走を決意するヤヌシュ。 (c)2010Siberian Productions,LLC

第2次世界大戦下の1940年。ソ連軍が侵攻したポーランドの地域では、反共産主義者らの告発とシベリア矯正労働収容所への移送の嵐が渦巻いていた。そのシベリア第105矯正労働収容所を脱走した7人の男たち。バイカル湖畔を南下しモンゴル、ゴビ砂漠、中国、チベット、ヒマラヤを抜けてイギリス領インドを目指した6500Kmに及ぶサバイバル・ロードムービー。実話に基づいた壮絶なシーンに息をのむが、人間の心のうちに’赦し’という感情が、いかに激しく根強い力を奮い起こさせるものかがしっかり描かれている。

ポーランドからモスクワの内部人民委員部に連行され自問を受けるヤヌシュ(ジム・スタージェス)。反共産主義スパイ容疑での取り調べに無罪を主張し続けるが、拷問を受けたらしい妻の告発証言によって有罪となり25年の矯正労働刑を言い渡される。

極寒のシベリア第105矯正労働収容所。高い塀はないが、食料不足と激しい重労働で衰弱していく身体には、厳しい自然環境そのものが自由への隔ての壁になっている。収容所内にはヴァルカ(コリン・ファレル)ら凶暴な刑事犯に収容棟内を牛耳らせて、監視役の代用をさせている。

森林管理の仕事をしていたヤヌシュは、収容所の厳しい環境のなかでも自分の意志である「自由」を選択し、行動する。「その優しが身を亡ぼすことになるぞ」とアメリカ人の地下鉄技術者スミス(エド・ハリス)から忠告される。だが、極限状態の中で人間の尊厳ある行動が押し殺されていくことに耐えられないヤヌシュは、脱走する決意をし準備を進めていく。スミスもいっしょに脱走することを承諾し、信頼できる仲間が増えていく。脱走の準備を嗅ぎ付けたヴァルカも、自分も連れて行けと強行に仲間入りし7人になった。そして、猛吹雪の中をヤヌシュは、追手のかからない「最高のチャンスだ」といぶかる仲間たちの先頭に立って決行する。食料も装備もなく、それぞれの胸の内にある「自由」と人間らしさを求めて。

狼が仕留めた獲物の肉を横取りしようと闘う男たち。 (c)2010Siberian Productions,LLC
狼が仕留めた獲物の肉を横取りしようと闘う男たち。 (c)2010Siberian Productions,LLC

木の皮を剥いで吹雪除けの仮面にしたり、木の皮、地を這う虫までも食べて生き延びようとする。時には狼たちが仕留めた獲物を数人がかりで追い散らしその上前をはねて肉にあり付く凄まじい逃避行。矯正労働収容所でも理不尽な状況と共に、そのリアルなサバイバルに実話の壮絶さがひしひしと伝わってくる。

おそらく挿入された脚色と思われるが、バイカル湖畔の途中でポーランド人の少女イリーナ(シアーシャ・ローナン)がこの一行の後についてソ連から逃れようとする。イリーナの存在が、脱走者たちの過去や人間性を知る手がかりを共有させていく。ヤヌシュは、妻の告発でシベリア送りの有罪となった。’怒り’と’復讐’のための脱走なのか、それとも拷問を受けた苦しみを察しての’赦し’から「自由」を目指しているのか。1930年代の不況時代にアメリカからソ連の地下鉄工事に応募して息子とともにやってきたスミスには、戦時の混乱の中で息子を死なせてしまった負い目が心に重く被さっている。

求めている「自由」の違いを考えさせられるのも見どころの一つ。モンゴル国境まで辿り着いたところで、ヴァルカはソ連に残る決意をする。犯罪者の彼にとっては、戦争が終わっていない中でスターリンは偉大な解放者の存在でもある。だが、ポーランドとソ連の戦争を通ってきているポーランドやラトビアから連行されてきた他の脱走者たちには、ソ連から逃れることから「自由」への一歩が始まる。飲料水も無くゴビ砂漠を踏破しようする過酷な「自由」への逃避行。’自由’と’赦し’を求める人間の心を結び合わせていく’信頼’と’人間愛’の連帯。そのことに命をかけた意味が、ラストシーンに美しく昇華していく。 【遠山清一】

監督:ピーター・ウィアー 2010年/アメリカ=UAE=ポーランド/134分/原題:The Way Back 配給:ショウゲート 2012年9月8日(土)より銀座シネパトスほか全国順次公開

公式サイト:http://wayback.jp