Movie「ソハの地下水道」――神を求めずにはいられな人間
オーストリア、ハンガリー、ウクライナ、ドイツ、ロシアの領土権の争いの中で、幾度もその帰属を転々としたポーランドのルヴフ。ナチス・ドイツ軍が侵攻してきたこの町でもユダヤ人の隔離と強制労働への捕縛が展開する。町の下に張り巡らされている地下下水道。トンネルのような水道内を照らす電燈などはない。流れる汚物と悪臭、その暗闇の中で14か月も隠れ住んだユダヤ人家族らと、彼らをかくまい続けた下水修理工の実話を映画化。地上でのホロコーストの惨劇を逃れ、暗闇の地下水道で息を潜めて生きるユダヤ人と匿うポーランド人の人間関係。緊迫した心理ドラマである一方、大雨の水が地下水道に押し寄せるスペクタルなど、従来のホロコースト映画にはないアグニェシュカ・ホランド監督の演出が心憎いばかりに輝いている。
下水修理工のソハ(ロベルト・ヴィェンツキェヴィチ)とシュチェペクは、めぼしい家に空き巣に入っている。盗んだ金品は地下水道に隠し時に乗じて売りさばく。ある時、隠し場所の近くでいつもとは違う物音に気付いた。ゲットーに押し込められたユダヤ人たちが、ドイツ兵らによって強制収容所へ移送される騒動の中で、堀り続けていた穴が地下水道につながったのだ。ユダヤ人たちが降りてくる前に、ソハたちは、掘った穴からユダヤ人たちがいる床に躍り出た。驚くユダヤ人たち。その中の1人ムンデク(ベンノ・フユルマン)は、ソハたちを殺そうと意見を言うが、「ソハの死体が見つかれば20人のユダヤ人が処刑される」とたしなめられる。’教授’と呼ばれる裕福なヒルゲンは、ソハに口止め料として腕時計を渡す。
後日、1日500ズチロ払えば匿ってやると申し出たソハに、ヒルゲンは金を支払い自分たち家族4人と20人程度で地下水道に下りた。だが、危険を冒しての食料調達などに辟易としたソハは10人程度に絞らせ、ほかの者たちは地下水道を伝って外の世界めざして離れていった。
逃亡したユダヤ人には報奨金が掛けられている。ドイツ兵だけでなく、同じポーランド人でさえ自分たちがユダヤ人を匿っていることを知ればすぐ危険が及ぶ。危機感からか同僚のシュチェペクは、酔った勢いもあってソハの妻ヴァンダに気付かれてしまうことを言う。やがてシュチェペクは、ユダヤ人を匿う仕事からは下りた。そして、匿うことに疲れてきたソハも、彼らを見捨てて手を引くことを告げるのだが。
ほとんどのシーンが、地下水道の暗闇とランプの薄明かりのなかで展開する。だが、そのランプがスポットライトの様に浮き上がらせるユダヤ人たちやソハの表情に、サイコドラマの緊張感が深く感じられる演出。あまりの異臭と暗闇に、始めは嫌がっていたヒルゲンの娘クリシャだが、やがて勉強している側を通るネズミが邪魔で手づかみで下におろすという、環境に順応していく様も自然な仕草で演じられていて目を引く。また、身ごもっていたハヤが地下水道で出産するため、教会の下で少し光が入る場所へと移動する。地下水道での生活は単調ではない。危機感と冒険の連続でもある。
地上の情景も適度にエピソードを挿入し、物語の進展と光を演出していく。匿った当初の緊迫感は、日に日にユダヤ人を収容所に送るための騒乱と銃撃の音。ムンデクは、心を寄せるクララ(アグニェシュカ・グロホフスカ)の妹アニアを強制労働所に潜り込んで連れてこようとする。だが、異臭と暗闇よりは、強制労働を選ぶアニア。ムンデクが水を求めて外に出たときは冬。雪が積もる白銀の光の中で、ムンデクはドイツ兵に見つかり連行されそうになる。そして春。ソハは娘の聖体拝受式の日を迎えるが、あるの天候不順の中で大降りになり、大水となった雨水が地下水道に押し寄せる。いままでホロコースト映画には見られなかった細やかな演出が、暗いテーマとストーリー展開を、希望とカタルシスへ導いていく。
ホランド監督は、こうした神の試練のような出来事を丁寧に描くことで、「人とつながることを必要とする人間について、あるいは、神を求めずにはいられない人間について描いた」と語っている。そのつながりの必要と哀れさが、ラストシーンの最後の一言に凝縮されている。 【遠山清一】
監督:アグニェシュカ・ホランド 2011年/ドイツ=ポーランド/145分/英題:In Darkness 配給:アルバトロス・フィルム、クロックワークス 9月22日(土)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開
公式サイト:http://www.sohachika.com