Movie「塀の中のジュリアス・シーザー」――演劇が重罪犯たちの心を動かす感動
紀元前5世紀には古代ギリシャでは「ギリシャ悲劇」が演じられていた。それ以前から宗教的儀式や遊戯などからシンプルな物語への発展と自己投影に、演じる者も観る者も心を動かされてきた演劇。実際の刑務所で囚人たちによる演劇実習のプロセスを撮ったこのこの不思議な映画は、虚と実を彷徨う演劇の深みとダナミックさへ誘い感動の渦に溶け込ませてくれる。
ローマ郊外にあるレビッビア刑務所。そこに重罪犯で服役している重警備棟の囚人たちが、定期的に行っている演劇実習をオーディションから本舞台終幕までを活写する。そのプロセスを脚本化して追う撮影は、ドキュメンタリーを超えて服役囚たちの内面を深く掘り起こしていく。
パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ監督が提案した演目は、シェークスピアの「ジュリアス・シーザー」。刑務所内に作られた舞台で5幕5場を演じ終えると、抽選で入場できた観客からのスタンディング・オベイションで大喝采をおくる。
この公演の半年前に行われたオーディション。応募した囚人たちは、氏名、誕生日、出生地、父親の名前をそれぞれの出身地の方言で、’国境で、奥さんに泣いて別れを惜しみながら’と’強制的に言わせられているように’の二通りをイメージして’哀しみ’と’怒り’の演技をさせられる。この刑務所でのオーデションやリハーサルなどは白黒画面で表現される。
舞台監督のファビオ・カヴァッリそしてタヴィアーニ監督ら映画の撮影クルーを除いて配役は服役囚たち。ブルータス役のサルヴァトーレ・ストリアーノは、組織犯罪により14年8ヵ月の刑で収監された。キャシアス役のコジモ・レーガは、累犯及び殺人罪により終身刑。ジュリアス・シーザー役のジョヴァンニ・アルクーリは、麻薬売買により17年の刑。その他の出演者もほとんどがマフィア組織に関わっていた人たち。
演劇は、役どころの人物の心に入っていく。「ジュリアス・シーザー」に登場する人物たちの心にうごめく裏切り、疑心暗鬼、殺人。それらは、かつて現実社会の中で彼ら自身が葛藤してきた陰の世界。出身地の方言で語られる台詞、仲間たちと積み上げられていくリハーサル。しだいに服役囚たちは、演劇の世界と日頃心の奥に押し隠してきた感情との境が崩れ、虚構と現実の世界を彷徨いはじめる。
人間の欲望、悲哀を深く描いていくシャークスピア劇。服役囚の俳優たちが、そうした人間の心情を演劇を通して見つめることは、自ら歩んできた過ちと被害者やその家族らの苦しみ、悲しみとも対峙するにほかならないのではないだろうか。そこから湧き出てくる迫真さは、演じる者にも観る者の心をも動かす真実がある。 【遠山清一】
監督:パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ 2012年/イタリア/76分/白黒・パートカラー/原題:CEASARE DEVE MORIRE 配給:スターサンズ 2013年1月26日(土)より銀座テアトルシネマほかにて全国順次ロードショー。
公式サイト:http://heinonakano-c.com
第62回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞 。
第24回パームスプリングス国際映画祭で国際映画批評家連盟賞・外国映画最優秀男優賞(コジモ・レーガ、サルヴァトーレ・ストリアーノ、ジョヴァンニ・アルクーリ)を受賞。