Movie「君と歩く世界」――人生を切り拓く激情とパワーみなぎるラブストーリー
邦題「君と歩く世界」と「光射す方へ 一歩ずつ ふたりで」のキャッチコピーは、作品の結語を希望への道に招いてくれる。人生にその希望の光を見つけた二人を表現する言葉に嘘はない。
だが、山頂での太陽の輝きに身をさらすまでの登山道がロマンチックな道程だけではないように、原題と英題の’Rust and Bone’(錆と骨)は、ボクシングなどで殴られて口の中に広がった血の味を指す表現とも言われる。ストリートファイターとして手っ取り早く高収入を得ようとする男と、事故で人生の先行きに失意する女が、肉体と魂を真剣に見つめ合い、互いの存在を求め合う痛々しいまでの激情を、原題は読み取らせてくれる。
決してソフトなロマンチシズムに溢れた物語ではなく、不測の事態に誰しもが置かれる可能性があり、それでも’現実を生きる’ために互いの存在が必要であるプロセスをシリアスに表現する。そしてザラザラした手で触れ合うような二人が、どこか客観視したカメラワークとリゾート地の美しい映像とで印象深く語り掛けてくる作品だ。
南仏のリゾート地アンティーブ。そこのマリンランドでシャチの調教師を務めるステファニー(マリオン・コティヤール)は、チームのリーダー的存在。だが、派手な服に着替えてナイトクラブへ遊びに行く姿には、昼間の自信に輝く存在感とは裏腹に満たされない何かを求めているかのようだ。この夜も、遊びに行ったナイトクラブで言い寄ってきた男客とトラブルになり、割って入った用心棒のアリ(マティアス・スーナールツ)に自宅まで車で送ってもらう。だが、アリは帰り際にステファニーのセクシーな服装を見て「まるで売女(ばいた)だ」と言い放ち去って行った。ステファニーには憤懣やり方のない暴言。だが、言い方は粗野でも悪意からではないと感じさせるアリの態度と人柄が、なぜか印象に残った。
アリは、5歳の男の子サム(アルマン・ベルデュール)を抱えるシングルファーザで、姉夫婦を頼ってこのリゾート地に来たばかり。仕事といえば、夜警か用心棒。アリ自身、ボクシングかムエタイのプロを目指していた時期がある。いまは、特別な練習はしていないが体力には自信がある。
いつものようにシャチのショーをリードするステファニー。だが、舞台にスライディングしてきたシャチの勢いが余り、壊れる舞台とともにステファニーもプールに投げ出され気を失った。どれくらい時間が経ったのか。病院のベッドで意識が戻った時、ステファニーの両足は膝から下を切除されていた。失意のあまり奈落の底に陥れられたような日々。義足をつけられ退院したものの、これからの生き方が見つからない。そんな時、自分に悪態をついたものの印象に残ったアリの携帯にかけていた。やって来たアリは、いきなり海に行こうと言い、両足のないステファニーに「泳ぐかい」と聞いてくる。けげんな思いで断ったステファニーだが、元気に泳ぐアリを見ているうちに泳ぐ決意をする。障害を持った自分を特別扱いしないで海の波間に遊ばせてくれるアリに身を委ねて。
仕事ではトラブルに巻き込まれ失職したアリ。サムといっしょにテレビでボクシングを見ていながら、昔めざした格闘技への思いが目覚めてきた。そんな時、夜警の時に知り合ったアルシャル(ブーリ・ランネール)から、勝てば高額な賭け金が手に入るストリートファイトに出場しないかと誘われた。アリは、その試合にステファニーも見学に誘い、出場すると秒殺での勝利。次の試合へとエスカレートしていく。
両足を失ったステファニーを奇異な目で見ることもなく、一人の女性としてセックスの相手をするアリ。アリからセックスを求めることはないドライさに、二人の埋められない心の隙間が痛々しい。どう育てていいか分からないながらも、理屈ではなく守ろうとするサムの存在は、アリにとって本能的に愛情の応答が成り立つのだろうか。生活するため賭け格闘技で稼ぐアリ。そのすさまじいばかりの闘う姿と生きることへの責任と執念に、ステファニーも心の何かが揺れ動かされていく。
だが、愛されてきた経験に乏しいアリは、ある日サムに暴力を振るい、ステファニーの心も傷つけてしまう。自らも傷心の旅に出たアリ。たくましい父親を信頼するサム。自分を分け隔てなく生身の人間としてぶつかって来てくれるアリを信頼していることに気づいてきたステファニー。
激しくぶつかり合うだけでは、心の機微は紡げない。オーディアール監督と共同脚本のトーマス・ビデガンは、激しく熱く対峙する二人の心を、急激な冷却装置を演出してまばゆい希望の光を輝かせる。その美しさに強い感動を覚えさせられる。 【遠山清一】
監督:ジャック・オーディアール 2012年/フランス=ベルギー/122分/映倫:R15+/原題:De rouille et d’os 英題:Rust and Bone 配給:ブロードメディア・スタジオ 2013年4月6日(土)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー。
公式サイト:http://www.kimito-aruku-sekai.com
2013年第14回エトワール賞作品賞・主演女優賞・脚本賞・作曲賞・新人男優賞受賞。2012年第70回ゴールデングローブ賞主演女優賞・外国語映画賞ノミネート、ロンドン映画祭作品賞受賞、ヴァリャドリッド国際映画祭最優秀男優賞受賞作品。