©Zentropa Entertainments29 ApS 2012
©Zentropa Entertainments29 ApS 2012

キリスト教結婚式では、新郎新婦が互いに神に誓う言葉がある。「あなたは、健康なときも、そうでないときも、この人を愛し、この人を敬い、この人を慰め、この人を助け、その命の限りかたく節操を守ることを誓いますか?」。このことばは、ただのセレモニーではなく、まさに’誓い’なのだ。その結婚の初心の誓いを裏切ると、ほんとうに大切なものを失う転機が訪れる。そのような転機に、結局は’生きること’を共に愛しむ価値観の大きさを、ラブ・コメディの軽快なタッチで感じさせてくれる。

結婚する若いカップルの家族には、それぞれ悩ましい問題を抱えている。新婦となる娘の母親イーダ(トリーネ・ディアホルム)は、美容師の仕事をしながら乳がんの治療が一段落したところ。だが、その朗報をもって早めに帰宅すると、夫のライフ(キム・ボドニア)は、会社の経理の女性ティルデ(クリスティアーネ・シャウムブルク=ミューラー)を自宅に連れ込み浮気していた。ショックは隠せないイーダだが、イタリアのソレントで娘のアストリッド(モリー・ブリキスト・エゲリンド)の結婚式が1週間後に迫っているため、娘と弟のケネト(ミッキー・スキール・ハンセン)のために離婚は思いとどまる。

娘のアストリッドは、交際3か月でパトリック(セバスチャン・イェセン)からのプロポーズを受けたものの、結婚式を直前にしてもどこかスッキリないパトリックの態度が気にかかる。そのパトリックは、母親を亡くした後、父親のフィリップ(ピアース・ブロスナン)に認めてもらおうとして決意した結婚に言いようのない不安を持ち始めている。

父親のフィリップは、妻を亡くした悲しみから抜け切れず、仕事に没頭しフィリップとしっかり向き合って来なかった。

©Zentropa Entertainments29 ApS 2012
©Zentropa Entertainments29 ApS 2012

ソレントにあるフィリップの別荘で行われるパトリックとアストリッドとの結婚式。式の3日前から新郎新婦の家族と招待者らが集まり、パーティをしながら互いに紹介しあうが、そこにライフは浮気相手のティルデを伴ってやって来た。あまりの無神経さにアストリッドも弟のケネトもライフに怒りをあらわにするが、イーダは子どもたちには夫を非難するはしなかった。

結婚式当日。招待客らを前にしてパトリックとアストリッドは、自分たちの心に嘘をついて結婚することはできないと、正直な気持ちを告白する。そして、コペンハーゲンに帰ったイーダは、部屋中にバラの花が飾られているのに驚く。そこにはライフが神妙な面持ちで立っていた。

ソレントの別荘にあるレモン園。それはフィリップと亡き妻が出会い、事業が成功する一歩を踏み出した大切な場所。そこを案内しながら、イーダもレモンが好きなことを知り、どこか似通った価値観を感じ始めるフィリップ。

ラルフと浮気相手のティルデ、フィリップの亡き妻の妹ベネディクテ(パプリカ・スティーン)のフィリップへの無邪気ながら真剣なアタックなど、ラブ・ロマンスにコメディな味付けの配役を置きながらドタバタに陥らない丁寧でしっかりしたプロット。

乳がんの治療が一段落したとはいえ、再発の不安は心にいつも重たいひっかかりを感じさせられる。それは、イーダ自身にとって’生きることとは’を思い続け、家族を思い、自分にとって大切なものとはを考えさせる。だが、決して暗く思い悩むのではなく、明日をみようとするイーダ。そんなイーダを見て、妻を失った喪失感から立ち直れないフィリップは、自分にとって’生きること’とはの思いが甦る。そうした’生きること’を愛しむ心と出会った二人を、スサンネ・ビア監督は素晴らしい余韻の顛末を見せてくれる。

ちなみに、邦題は英題に近くロマンスを感じさせられるが、デンマーク語の原題は’坊主のヘアドレッサー’。このウィットに富んだビア監督のセンスからも、がんという重荷を負いながらも人生を前向きにとらえるイーダの存在感がみごと。 【遠山清一】

監督:スサンネ・ビア 2012年/デンマーク/116分/映倫:PG12/原題:Den skaldede frisor、英題:Love Is All You Need 配給:ロングライド 2013年5月17日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国公開。
公式サイト:http://www.aisaeareba.jp

2012年第69回ヴェネチア国際映画祭正式出品、第37回トロント国際映画祭正式出品作品。