ジャッキー・リーム・サッローム監督プロフィール: パレスチナ人とシリア人の両親を持ち、ニューヨークを拠点に活動しているアラブ系アメリカ人。ニューヨーク大学大学院で芸術学を専攻したアーティストで映画監督。TVドキュメンタリーなどを制作してきたが、本作が初の長編ドキュメンタリー映画作品であった。
ジャッキー・リーム・サッローム監督プロフィール: パレスチナ人とシリア人の両親を持ち、ニューヨークを拠点に活動しているアラブ系アメリカ人。ニューヨーク大学大学院で芸術学を専攻したアーティストで映画監督。TVドキュメンタリーなどを制作してきたが、本作が初の長編ドキュメンタリー映画作品。

アラビアンナイト、ムスリム、自爆テロ…アラブ民族に対するステレオタイプなイメージは、2001年9・11テロ以降より根強く印象づけられているかもしれない。そうした固定観念を打破したいと考え、ジャッキー・R・サッローム監督はパレスチナ人のヒップホップシーンを題材に初めて長編ドキュメンタリー映画に取り組んだ。

ヒップホップは、70年代に米国のニューヨーク市ブロンクス地区で生まれたユースカルチャーな音楽と文化。そのヒップホップが、パレスチナ人ラッパーたちのアラビア語で、ほぼ毎日のようにイスラエル軍のロケット弾が飛んでくるパレスチナ地域の人たちに励ましと新たなアイデンティティへのメッセージが謳われている。

イスラエルの経済・文化の中心的な都市テルアビブの近郊リッダ。ここからからパレスチナ人最初のヒップホップ・グループ’DAM’が誕生した。彼らが2001年にインターネットに公開した曲’Who’s the terrorist?’は、瞬く間に100万アクセスを超えるダウンロードを記録し、中東の若者たちに浸透していった。同じリッダに住む女性ラッパーのアビールもDAMとのコラボレーションで存在を確立していったが、一族からはラップ活動していることに反対されている。DAMの影響を受けてガザにはPR(パレスチニアン・ラッパーズ)が生まれたが、サッローム監督の取材活動を通してDAMはPRの存在を知り、自分たちの存在がいい影響を広げていることを素直に喜ぶ。

パレスチナで最初のヒップホップ・グループ'DAM'
パレスチナで最初のヒップホップ・グループ’DAM’

イスラエル国内のパレスチナ人は、”48組’(イスラエルが独立宣言した年)と呼ばれ、ガザ地区パレスチナ人は”67年組’(第4次中東戦争で西岸とガザがイスラエルに占領された年)と呼ばれる。48年組のパレスチナ人は、一応の教育は受けられ仕事にもつけるが、ガザ地区の67年組は、壁に囲まれた監獄のような地域で抑圧と貧し生活を強いられている。相互のコミュニケーションは、同じパレスチナ人であっても複雑だ。

DAMが呼び掛けて、国内とガザに居るパレスチナのヒップホップ・アーティストたちが、ヨルダン川西岸地区のラマッラーに集まりラップ大会を開くことになった。パレスチナ人が国内を移動するには、さまざまなリスクがある。ガザのラッパーたちは、壁の検問を通過して参加できるだろうか…。

2008年の作品だが、撮影取材が難航しサンダカンス国際映画祭に出品するまでに5年の歳月を要した。パレスチナ人を父に、シリア人を母に持ちアメリカで生まれたサッローム監督だが、イスラエルへの入国も隔ての壁に囲まれたガザへの出入りにも常に困難とリスクが伴った。2010年から12年にアラブ諸国で起きた民主化を求める反政府デモ’アラブの春’を経ても、「パレスチナの状況は基本的には、(この作品を取材していた当時と)ほとんど変わっていない」という。

DAMともコラボレーションしているアビール・ズィナーティ
DAMともコラボレーションしているアビール・ズィナーティ

一方で、DAMから影響を受けたラッパーたちは、「パレスチナ人の間に急速に増えています。2004年にガザを初めて取材した時は7人だったラッパーが、8か月後には20人ほどに増えていました。いまも影響は広がっています」。

本作では、ラップのライブ会場に青年たちだけでなく子どもから親世代まで幅広い年齢層が集まっていることに気づかされる。サッローム監督は「DAMの歌詞は、アラブの古い詩や物語などから言葉を紡いでいるので、お年寄り世代にも受け入れられています。ライブ会場にお年寄りが集まり、教会のイースターイベントにDAMがメインゲストで招かれるのは、パレスチナのヒップホップシーンの特徴でしょう」という。作品でも、リッダに住む老人が「暴力は憎しみを生むだけだが、音楽は平和をもたらす」と語っていたのが印象的だ。

原題の’Slingshot Hip Hop’とは、ヒップホップを小石に譬えたパチンコ(投石器)を意味するのだろう。経済成長を果たした国々のヒップホップに支持層は、ユースカルチャーの域を脱していないかもしれない。だがDAMから切り拓かれ幅広い世代のパレスチナ人に受け入れられつつあるアートなヒップホップは、パレスチナ情況と自分たちの新たなアイデンティティを世界各地に届ける威力を持っている。目が離せないSlingshotだ。
【遠山清一】

監督:ジャッキー・リーム・サッローム 2008年/パレスチナ=アメリカ/アラビア語・英語・ヘブライ語/86分/原題:Slingshot Hip Hop 配給:シグロ 2013年12月14日(土)よりシアター・イメージフォーラムにて公開。
公式サイト:http://www.cine.co.jp/slingshots_hiphop/
Facebook:https://www.facebook.com/slingshotshiphop?ref=hl

2008年サンダンス映画祭出品作品。2009年第1回カイロ難民映画祭最優秀ドキュメンタリー観客賞・最優秀作品観客賞・もっとも期待される作品賞受賞、フランス女性映画祭観客賞<最優秀ドキュメンタリー>受賞、ベイルート国際映画祭観客賞最優秀作品・最優秀監督賞受賞、グラナダ国際映画祭最優秀地中海映画賞受賞作品。