ソウル郊外に住むチョ・ヨンチャンとキム・スンホ夫妻
ソウル郊外に住むチョ・ヨンチャンとキム・スンホ夫妻

ドキュメンタリーには、日常目にすることができる事実を再構成して、物事の真実性を解き明かされる驚きがある。ソウル郊外に住むチョ・ヨンチャンとキム・スンホ夫妻。ヨンチャンは、全盲でろうという重複障がいを負っている41歳の男性。妻のスンホも脊椎湾曲症のため身長が低い。重い障がいを持つ夫婦が助け合い寄り添う日々。だが、障がいの重さ辛さを伝えることに力点はおかずに、出来ないところを手助けし、どうしょうもない心の寂しさに寄り添いあう姿を詩的に描いているところに好感が持てる作品。どのような環境、情況に在っても、夫婦が共に生きることの喜びを感じさせてくれるメルヘンともいえるドキュメンタリーだ。

リビングとキッチンの間の通路で、両手を広げて壁との感覚を計りながら足踏み体操するヨンチャン。その場でやっているつもりでも、いつの間にか後ずさりしたり前に進んで壁に当たりそうになると、スンホが止めに入る。寝室の蛍光灯の取り換えをヨンチャンに頼むスンホ。彼女の身長では、ベッドの上に乗っても届かない。電線の差し込み口の場所を指示されながら器用に作業を終えて無事に点灯。そうした細やかな共同作業も、ハグし合って喜ぶ二人。

大学でのヘブル語の期末考査を受けるヨンチャン。教師の指導や評価をスンホが指話(両手の指の甲を軽く指先で触れる会話信号)でヨンチャンに教える。家の中でも、近所の福祉センターへ行くときも、散歩や海辺を歩く時も、ヨンチャンはスンホに手を引かれていつも一緒に行動する。

白杖を使わないヨンチャンは、医師から外出するための訓練プログラムを勧める。
白杖を使わないヨンチャンは、医師から外出するための訓練プログラムを勧める。

そんな二人に福祉センターの医師は、ヨンチャンが白杖を使って一人で外出するための訓練プログラムを受けるように勧める。怪我や病気で一緒に行動できなくことも起こり得る。二人は、大学の休みを利用してその訓練プログラムを受ける決心をする。そして、図書館に行き、街を歩く訓練が始まった。スンホは、複雑な思いで一人自宅で待つ…。

幼い時に視力と聴力を失ったヨンチャンだが、詩を作り、手記の公募に作品を投稿するなど彼の心には言葉が豊かに育まれている。触覚や嗅覚と白杖から伝わる物が当たる振動を頼りに歩くヨンチャンは、自分を’宇宙人’と表現する。スンホのいない言いようのない浮遊感。それは彼の心の中の不安と深い孤独感でもあるのだろう。

暗闇の中に輝く一つの星のようなスンホの存在。盲人の動作はゆっくりで、自分の指に語り掛けるスンホの指先はカタツムリがはうようなシルエットでもある。原題は「カタツムリの星」。心の寂しさに寄り添いあう二人の歩みのようでもあり美しい言葉だ。 【遠山清一】

監督・撮影:イ・スンジョン 2012年/韓国/87分/英題:Planet Of Snail 配給:MASC、シグロ 2014年2月15日(土)よりシネマート新宿ほか全国順次公開。
公式サイト:http://nagisanofutari.jp

*日本初のバリアフリー字幕&いつ どの回に行っても音声ガイド付き(スマホアプリ利用)での一般公開です。詳しくは上映の劇場館にお問い合わせください。(上映館案内は公式サイト参照)

2012年第24回アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭グランプリ受賞作品。バリアフリーさが映画祭2011、びわこアメニティー・バリアフリー映画祭2013上映作品。