映画「家族の灯り」――失踪した息子を待ちつづける家族の心模様
父親と息子が生きる意味や人生の価値観での葛藤をテーマにした映画は、いつの時代でも印象深い秀作を残している。1990年から毎年1本以上の新作を撮り続けている105歳のマノエル・デ・オリヴェイラ監督が撮った本作もその一つに数えられていくことだろう。
フランスのある港町。夜の帳(とばり)が下りるころ、街のガス灯に男たちが火を灯していく。窓辺でそうした夕暮れの光景を眺める若妻ソフィア(レオノール・シルベイラ)。家人の帰宅に備え門燈のガスに火を灯す姑のドロティア(クラウディア・カルディナーレ)。
ほどなく主のジェボ(マイケル・ロンズデール)が帰ってきた。帳簿係のジェボは、居間のテーブルに置かれた帳簿の前に座る。妻のドロティアは、8年前に失踪した息子のことで、新しい情報はあったかと尋ねるが何もない。息子ジョアン(リカルド・トレパ)の帰りを待ちわびる家族。
その不安と悲しみの影が、長年この家族に覆い被さっている重苦しさ。落胆したドロティアは、思わず嫁のソフィアに苛立ちをぶつけて部屋に戻っていく。しかし、ジェボとソフィアは、ジョアンがなぜいなくなったのか、その理由を知っている。だが、ドロティアの悲しみを慮ってジェボは隠し続けている。ソフィアは、それでよいのだろうかと疑問が大きくなっているようだ。
だが突然、ジョアンがジェボの前に姿を現した。翌日、近所の友人カンディニア(ジャンヌ・モロー)とシャミーソ(ルイス・ミゲル・シントラ)の二人が、ジェボの家に茶飲み話にやってきた。二人もジョアンが帰ってきたことを喜ぶドロティアに祝福の言葉を贈る。しかし、カンディニアとシャミーソが帰ると、ジョアンは相変わらずうだつの上がらない父親とつましい暮らしをしている家族を毒づいて、いら立ちを顕わにする。
「つつましくとも、何事も起こらない人生こそ幸せ」と答えるジェボ。その夜、ジョアンは事件を起こし、また何処かへ去ってしまう。
ただ真面目に仕事をし、貧しくとも家族を守ることを第一に生きてきたジェボ。ジョアンには、いいように使われているような父親に苛立ちを覚えるのだろうか。ソフィアも、ジェボを尊敬しつつもドロティアに隠し続けていることが、ほんとうの愛情なのかと違和感を抱いている。
禁欲的で、たとい間違いかもしれなくとも自己を犠牲にしても家族を守るような頑固さをもつジェボ。現代では、ジェボの生き方に批判的な意見を抱く向きもあろう。それでも、理性的父親像とは異質な琴線に触れる気高さに畏敬の念を覚えるのも確かだ。
家族それぞれの愛情が打ち解けあえない情景が、絵画のような色調と舞台劇のような演出で描かれていく。ガス燈やテーブルのランプの灯が、深く心に温もりを残してくれる。 【遠山清一】
監督:マノエル・デ・オリヴェイラ 2012年/ポルトガル=フランス/フランス語、ポルトガル語/91分/映倫:G/原題:O Gebo et l’ombra 英題:Gebo and the shadow 配給:アルシネテラン 2014年2月15日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー。
公式サイト:http://www.alcine-terran.com/kazoku/
Facebook:https://www.facebook.com/kazokunoakari?fref=ts
第69回ヴェネチア国際再映画祭アウト・オブ・コンペティション部門正式出品作品。
*トピックス*
冠館の東京・岩波ホールでは、’エキプ・ド・シネマ40周年記念作品’として4月4日までの上映を公表している。
エキプ・ド・シネマとは、「映画の仲間」という意味の会員制の上映システム。その趣旨は、?日本では上映されることの少ない、アジア・アフリカ・中南米など欧米以外の国々の名作の紹介。?欧米の映画であっても、大手興行会社が取り上げない名作の上映。?映画史上の名作であっても、何らかの理由で日本で上映されなかったもの。またカットされ不完全なかたちで上映されたもの。?日本映画の名作を世に出す手伝い。良質な映画作品を紹介しているエキプ・ド・シネマの会。近年は、女性監督による作品も積極的に取り上げられている。