シャオカンと廃墟の壁画を見つめては涙を流す女。 © 2013 Homegreen Films & JBA Production

たぶん、子どもにとって’ピクニック’は、心待ちにする楽しみなものだろう。家族や友達と、青空の下で広げて食べるお弁当…。だが、この作品での’ピクニック’は、そのイメージとは、大きくかけ離れた情景が映し出されていく。マンションの廃屋に暮らす3人家族。ホテルの廃屋での野良犬に餌を与えに来る女。暗い画面にほとんど台詞のない長回しのシーン。だが、薄暗い廃墟は、重苦しさだけではない。やらなければならない事柄に縛られている都会人にはない、不可思議な自由感が漂っている。

廃屋の部屋の隅に置かれたマットレスに、寝息を立てて眠る兄妹の子ども。傍らで、子どもらを見つめながら髪を梳く女(ヤン・クイメイ)がいる。
父親のシャオカン(リー・カンション)と兄妹2人の子どもらが日なたのなかを散歩する。川辺の草むらに浮かぶ小舟を見つけたシャオカン。そのまま親子3人は浜辺を歩く。気ままにスーパーマーケットを歩き回り、食品売り場の試食を食べ歩く子どもたち。まるでピクニックでもしているかのようだ。
雨の日も風の日も、ビル風が通り抜ける交差点で不動産広告の立て看板を掲げるシャオカン。風雨に晒されながら満江紅を詠うシャオカンの声が、行き交う車の音に揉み消されていく。
廃屋でロウソクを灯しながら3人で寝泊まりしているシャオカン。自分が掲げている不動産の物件を訪れる。誰もいない物件の家屋。
夜、廃墟にたむろしている野良犬にエサをやりに来るスーパーで働く女(ルー・イーチン)。廃墟の壁面には、石が積み重なる河原の絵が描かれている。女は、じっと絵を見つめ続ける。
幼い娘は、買ったキャベツに赤い色で顔を書く。人形のように遊んだあと、シャオカンのマットレスに置いて寝る。帰ってきたシャオカン。突然、キャベツを乱暴に扱い、何度も激しくかじりつく。
夜。激しく降る雨。突然、シャオカンは子どもたちを小舟に乗せて出そうとする。そこに、スーパーの女が現れた。
廃屋のようなコンクリートの部屋。壁はひび割れしているが、電気も水道も使える。女(チェン・シャンチー)と兄妹が、シャオカンにハッピバースデーを歌い祝福する。ケーキを食べた後、男の子は何やら書いている。夜中、女は部屋を出て、廃墟の壁画の前に立ちじっと見つめる。その後ろに佇んでいる小康。しばらく時が過ぎ、女の目から涙がひとすじ流れる…。

昼間はスーパーマーケットの食品売り場の試食コーナーを食べ歩く兄妹。夜食は父シャオカンとコンビニ弁当。 © 2013 Homegreen Films & JBA Production

ストーリーといえるのだろうか。いくつかのシークエンスが静かに、時には激しい雨のように流れていく。話を展開するようなセリフは、ほとんど語られない。それでいて、なにか時間の流れが心の中に入ってくる。シャオカンも女たちも、あまり大きなアクションは起こさない。むしろ、静まって立っている彼らの周囲が動き、流れていく不思議な感覚。

それは、どこか流されている現代人の心のしがらみから解き放たれている姿なのかもしれない。都心から離れてこそ見えてくる心象風景。英題はStray Dogs(野良犬)だが、その語感から受けるうらぶれたものよりは、不可思議な自由感を蔡監督から贈られているように思う。蔡監督最後の作品として。 【遠山清一】

監督:蔡 明亮 2013年/台湾=フランス/138分/中国語/原題:郊遊 Jiao You、英題:Stray Dogs 配給:ムヴィオラ 2014年9月6日(土)よりシアター・イメージフォーラム、シネ・リーブル梅田ほか全国順次公開。
公式サイト:http://www.moviola.jp/jiaoyou/
Facebook:https://www.facebook.com/jiaoyoumovie

2013ヴェネチア国際映画祭審査員大賞受賞、金馬奨監督賞・主演男優賞(リー・カンション)受賞。アジア太平洋映画賞最優秀男優賞受賞、ドバイ国際映画祭最優秀監督賞受賞、タリン・ブラックナイト映画祭審査員特別賞受賞作品。第14回東京フィルメックス特別招待作品。