映画「イロイロ ぬくもりの記憶」――共働き家庭の少年とハウスメイドの出会いにみるシンガポール事情

ジャールーには、テレサがハウスメイドにきたことが大切な出会いになった © 2013 SINGAPORE FILM COMMISSION, NP ENTERPRISE (S) PTE LTD, FISHEYE PICTURES PTE LTD

タイトルの’イロイロ’という語感が耳に残る。サブタイトルに関連して心情的な想像を刺激されるが、シンガポールにハウスメイドの出稼ぎにやって来たフィリピン女性の出身地ILO ILO州を指し英題にもなっている。中国語の原題は’父媽不在家’(父と母は不在:父は、父カンムリに巴)。共働き家庭の一人息子とイロイロ市から来たハウスメイドの情景が見えてくる。多感な少年とハウスメイドとの間に芽生えそうな心の絆を紡ぎながら、1997年のシンガポールの家庭事情、経済と社会環境の問題などを丁寧に織り込み上質な作品に仕上げられている。

シンガポールの市営住宅で暮らす共働きの夫婦と一人息子の3人家族。父親(チェン・ティエンウェン)は強化ガラス会社の営業セールスマンで、母親(ヤオ・ヤンヤン)は商社の総務課に務めていて日中は家にいない。10歳の一人息子ジャールー(コー・ジャールー)は、学校でも勉強に集中できず新聞に発表された宝くじの当選発表番号を切り抜いてはノートに貼って分析することに熱中している。授業中に見つかったり問題を起こしては、学校に呼ばれる母親。2人目の子どもを妊娠していることもあり、ジャールーの子守りと家事手伝いのためハウスメイドを雇うことにした。
数日後、父親が見つけてきたのはフィリピンから来たテレサ(アンジェリ・バヤニ)。故郷に幼い男の子を残して生活のため出稼ぎにきた。両親はテレサを受け入れたが、わがままいっぱい自分勝手にやってきたジャールーは、テレサを疎ましく思い心を開かない。
学校の送り迎いではテレサを撒いて困らせ、スーパーへの買い物に同行させると未精算の品物をテレサの袋に入れて万引き騒動を起こす。だが、両親と違ってテレサは、面と向かってジャールーに抗議し時には真剣に叱る。こびることなく対等に接してくるテレサに、頑なだったジャールー態度はしだいに和らぎ打ち解けていく。
だが、タイを震源地としてアジア通貨危機が起こり、個人的に投資していた父親は損をしただけでなく、自らも人員整理で会社を解雇された。その事情を妻に言えず警備会社のアルバイトなどでごまかそうとしているが、うすうす気づきながらも妻は夫が言うまで知らないふりをする。一方で、テレサになついていくジャールーを見ると、母親としてのジェラシーからかテレサに苛立ちを感じる。ぎくしゃくし始めてきた家庭のなかで、ジャールーにはテレサの存在がさらに大きくなっていくのだが。

ジャールーにとっても母親は口うるさくてちょっと恐い © 2013 SINGAPORE FILM COMMISSION, NP ENTERPRISE (S) PTE LTD, FISHEYE PICTURES PTE LTD

情感たっぷりに涙と感動ねらいのパターンではなく、ストーリーの展開や演出がとても自然な流れで作り上げられているだけに、すんなり感情移入できて自分の身近な出来事として啓発もされる。センチメンタルな手法に流れず、家族問題、多感な少年期の成長、経済危機と失業、社会の階層と移民問題など、シンガポール事情にとどまらず人生の普遍的なテーマがしっかりと見すえられている。
それらは、止まらない少子化と高齢社会への諸問題を抱える日本にも当てはまる。保育制度や老々介護対策の先行きさえ見えない日本だが、チェン監督第一作の本作は、ジャールー少年の感性と両親の前向きさをとおして生きることへ一歩踏み出せるエールを爽やかなまでに感じさせてくれる。 【遠山清一】

監督:アンソニー・チェン 2013年/シンガポール/99分/北京語、英語、タガログ語/原題:父+巴媽不在家、英題:ILO ILO 配給:Playtime 2014年12月13日(土)よりK’s cinemaほか全国順次公開。
公式サイト:http://iloilo-movie.com/
Facebook:https://www.facebook.com/iloilo2014

2013年第66回カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)受賞、第14回東京フィルメックス観客賞受賞、第50回台湾金馬奨作品賞・新人監督賞・助演女優賞・脚本賞受賞、第15回ムンバイ映画祭監督賞・女優賞受賞、第43回キエフ国際映画祭作品賞・国際批評家連盟賞受賞、第57回BFIロンドン映画祭作品賞受賞、第22回フィラデルフィア映画祭作品賞受賞、第10回香港アジア映画祭新人監督賞受賞、第10回ドバイ国際映画祭作品賞・主演女優賞受賞、アジア・フィルム・アワード助演女優賞受賞、第56回アジア太平洋映画祭助演女優賞受賞作品。