1975年取材撮影当時のランズマン監督(左)と証言するムルメルシュタイン © 2013 SYNECDOCHE – LE PACTE – DOR FILM – FRANCE 3 CINEA – LES FILMS ALEPH

チェコのプラハから北西へ60kmに位置するテレージエンシュタットは、18世紀末の要塞都市から発展した。そのボフショヴィツ駅プラットホームに立つランズマン監督は、そう説明する。

そこから3kmほどの所に兵士7,000人が動員され、1938年にゲットーが建設された。広場やレンガ造りの建物の景観は、まさに町そのもの。宿泊施設や湯治施設もあると噂されたテレージエンシュタット・ゲットーでの終身契約の条件は、アイヒマンに全財産を譲渡すること。ドイツ国内のユダヤ人富裕層が、この宣伝を信じて移転してくる様子が映画フィルムに収められ、アイヒマンの国際的なカモフラージュに利用される。

アイヒマンは、テレージエンシュタット・ゲットを’模範的なゲットー’と表現し、国際赤十字など医療・人権機関や報道機関とのコミュニケーションや取材にも応じる施設に仕立て上げる。他のゲットー同様に12人の委員と’長老’によって運営された。

ラビのベンヤミン・ムルメルシュタインは、テレージエンシュタット・ゲットー3代目の長老だった。初代長老のヤコブ・エデルシュタインは、この’模範的なゲットー’がユダヤ人への厳しい規制のなかで将来、パレスチナでの建国に役立つものと考えアイヒマンとの契約を受け入れた。だが、入居の半年後には家族ともどもアウシュヴィッツへ送られ銃殺された。2代目長老のパウル・エプシュタインは、講演でこのゲットーの欺瞞を指摘する内容を話したため銃殺された。

以前からアイヒマンを知るベンヤミンは、媚びることもユダヤ人組織をもくろむことなく「何も考えず、冷静に対応し単独で行動した」という。冷静な単独行動は、ときにユダヤ人の労働時間や食事制限などの不満をもたらし批判もされた。たが、その単独行動でナチスの殺りくから「2000人は助けたと思う」という。だが、戦後、ムルメルシュタインに対する憎悪と批判が集中する。

ボフショヴィツ駅プラットホームに立つランズマン監督 © 2013 SYNECDOCHE – LE PACTE – DOR FILM – FRANCE 3 CINEA – LES FILMS ALEPH

戦後、ナチス協力者などさまざまな罪状で裁判を受けたが、それらの訴状すべては無罪判決。だが、ムルメルシュタインは偉ぶらない。自らを’最後の正しくない人’と自嘲し、ウソと欺瞞に満ちていたゲットーでの’長老’としての罪責と考えつく限りで行動した状況と自主判断を真摯に語っていく。

1960年に南米に逃亡していたアイヒマンがイスラエル諜報特務庁(モサド)によって連行され、翌年に人道に対する罪や戦争犯罪などを問われて裁判にじかけられ有罪判決が下された。この裁判を傍聴した政治哲学者のハンナ・アーレントは、『イエルサレムのアイヒマン-悪の陳腐さについての報告』を発表し大論争を巻き起こした。その件に関してムルメルシュタインは、「アイヒマンは’悪魔’だよ」と、ひと言で言いきっているのが印象的。

「アウシュヴィッツ強制収容所解放から70年――ホロコーストの’記憶’を’記録’した傑作ドキュメント3作品」と銘打ち本作とともに「SHOA ショア」、「ソビブル 1943年10月14日午後4時」のランズマン監督作品が特集上映される。1月31日に逝去した統一ドイツ初代大統領リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカーが戦後40年に際して連邦議会演説で語った有名な言葉「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となる」が改めて想い起される。過去の証言に真摯に向き合いたい。 【遠山清一】

監督:クロード・ランズマン 2013年/フランス=オーストリア/218分/原題:Le dernier des injustes 配給:マーメイドフィルム 2015年2月14日(土)より渋谷イメージ・フォーラムにて3週間限定ロードショー。
公式サイト http://mermaidfilms.co.jp/70/
Facebook https://www.facebook.com/Lanzmann3

「アウシュヴィッツ強制収容所解放から70年――ホロコーストの’記憶’を’記録’した傑作ドキュメント3作品」
2月14日(土)―3月6日(金)、渋谷シアター・イメージフォーラムにて。
「SHOA ショア」第1部―第4部 1985年/567分(第一部154分 第二部120分 第三部146分 第四部147分)/フランス/監督:クロード・ランズマン
第二次大戦中、ドイツやナチスの占領下で実行されたユダヤ人の強制収容、ホロコースト(大量虐殺)の全体像を関係者の証言のみで構成したドキュメンタリー。

「ソビブル 1943年10月14日午後4時」 2001年/102分/フランス/監督・脚本:クロード・ランズマン
ガス室での殺害を中止に追い込んだソビブル収容所。脱走者400名近くのなかで、たった100人の生存者しかいなかった過酷な逃亡劇。16歳でワルシャワ・ゲットーから収容所に連行されたイフェダ・レルネルの証言をもとに’ユダヤ人は羊のようにおとなしく殺されていったのではない’という事実を明らかにしていく。

「不正義の果て」 2013年/218分/フランス=オーストリア/監督:クロード・ランズマン
上記本文参照