2017年12月24・31日号 03面

 今年は、日本基督教団が1967年3月に総会議長名で「第二次世界大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を発表してから50年。いわゆる「戦責告白」として、戦時下の教会の戦争協力を過ちであったと表明し、主に対するとともにアジア諸国へのゆるしを請い、再び過ちをくり返さない決意を表明した。同教団神奈川教区(三宅宣幸議長)は11月23日、神奈川県横浜市の紅葉坂教会を会場に「『第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白』50年を覚える記念集会」を開催し、「告白」の持つ意義を改めて検証、確認した。髙橋昌彦

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 午前中の「『戦争責任告白』50年記念礼拝」の冒頭で、三宅宣幸教区議長が挨拶。「50年が経過したが、この『告白』が教団議長名で出されたまま、いまだ教団決議になっていないのも事実。今までの歩みをまず悔い改めることから始め、今日の集会がこれからの出発への足がかりとなるように」と述べ、関田寛雄氏(神奈川教区巡回教師)が、「先ず行きて和解せよ」と題してマタイの福音書5章23、24節から説教した。

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 関田氏は『戦責告白』が生まれた経緯として、1965年に韓国長老教会創立80周年に大村勇教団総会議長が招かれた際のエピソードを紹介した。大村議長を招くにあたっては、戦時中教団が朝鮮の教会に神社参拝を要請したことに謝罪がないことで韓国に反対が起きた。そこで通訳の氏の助言により大村議長が謝罪の言葉を述べたところ空気が一変し、立ち上がって拍手が起こった。その報告を受け教団内に、戦争協力を悔い改めアジアの諸教会に謝罪を出すべきとの意見が広がり、「戦責告白」にがった。関田氏は「和解があって、げものに意味が生まれる。礼拝と倫理は一つ。和解、平和、愛の営みがあってこそ、礼拝に意味が生まれる」と語った。

 そして「今日覚えたいこと」として、3つの点を挙げた。「天皇制への姿勢」−戦時中、教会は国家によるキリスト教会の位置付けを求めて国家に積極的に寄り添った。そこにある最大の問題は、天皇制の支配。平和は神の主権のもとにこそある。「沖縄との対話の中断」−和解、謝罪とともに、その声を聞くことなしに教団はありえない。「北村慈郎氏の免職」−「戦責告白」の問題と切り離さず、教団全体の問題とすべき。

 礼拝ではさらに、三宅議長、佐野匡教区書記、司式者の石井智恵美(まぶね教会牧師)の3氏により、「戦責告白」が「告白」され、最後に2人の来賓が挨拶。在日大韓横浜教会牧師の氏は「この告白が生きるため、真の礼拝が捧げられることを期待する。いかに日本で宣教し、隣人を愛するか、互いに学びたい」、ホーリネス旗の台教会牧師の上中栄氏は「教会こそ、戦責告白をしなければいけない。そこでは福音理解が問われる。生かす言葉として語らなければいけない」と述べた。

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 礼拝後食事の交わりでこの問題を分かち合った後、一色氏(帝京科学大学教授)による講演「沖縄戦後史から見た『戦責告白』とすれ違う“善意”ー過去の反省から、未来への意思へ−」が行われた。