2月4日号紙面:親が信者ゆえに葛藤し 痛み抱える子のため祈りを 寄稿 元エホバの証人信者 日本基督教団深沢教会牧師 齋藤 篤
エホバの証人について語られた数々の本の中で、これほどまでに共感を覚えたのは初めてだった。かわいらしいタッチで描かれている、1冊のエッセイまんがへの正直な読後感である。まんがだから容易に理解できるというレベルの話ではないのだ。エホバの証人2世だったら誰でも経験するエホバの証人の世界観、信者である親との葛藤や苦悩、彼らにとっての常識、エホバの証人の使う専門用語のどれをとってもリアルなのだ。
私が現役のエホバの証人であった二十数年前のことが鮮明によみがえり、涙がとめどなくあふれてきた。と言っても、私はエホバの証人2世信者ではない。1世信者であったことに間違いはないが、厳密に言えば当事者ではない。しかし、私がエホバの証人だった頃、同年代の2世信者と濃密な時間を共にした。子どもたちとも同じ場所を共有した。そして何よりも、現在牧師として共に働く妻は、紛れもない元エホバの証人2世である。私は自分自身の経験を振り返りつつも、妻をはじめ、今まで出会ったエホバの証人2世一人ひとりのことを、まんがの主人公である「さやちゃん」と重ね合わせながら思い出したことが、涙の原因であったに違いない。
『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』という非常に長いタイトルは、さほど宗教に関心のない人々にも、それがエホバの証人であることをとさせるだけの説得力を持っている。表紙の中央にある母親とその後ろに立つ子どもの挿絵は、そのイメージをさらにふくらませている。このまんがの主人公であり、作者であるいしいさやさんは「大人になってから気づいた。あのころの普通が、普通じゃなかったのだと」とっている。
ただし、いしいさんは、エホバの証人の存在や活動を否定することをまんがの目的とはしていない。ただ、過去の経験ゆえに起きてくる不条理な感情の整理が、彼女を創作活動に誘ったのである。私もそうであったが、自分の経験したことは一人でも多くの人に知ってほしいのだ。理解してもらえることが大きな慰めであり、励ましとなるのである。
私たちはいわゆる「カルト宗教・異端」にどのような印象を持っているだろうか。私たちが団体を否定、批判することだけを目的としているならば、それは無味乾燥な言動に終わってしまうだろう。その環境で痛みを抱えた人たちを、主イエスの愛によって思いを理解し、その人のために祈ることこそ、「さやちゃん」に代表される方々への応答に思えてならないのである。
いしいさや著『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』講談社 千50円税込