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設立当初の「奥多摩福音の家」

 

 

オッケルト氏
オッケルト夫妻

 

幅広くクリスチャンのキャンプや修養会などに利用されてきた、東京・西多摩郡奥多摩町の「奥多摩福音の家」(URL www1.odn.ne.jp/ofi)が今年、設立から50年を迎え、「福音の家50周年記念式典」が5月23日に執り行われた。午前11時からは記念礼拝、午後1時半からは感謝会が開かれた。式典には、これまでキャンプ場を利用してきた人たちや教会関係者ら、他にキャンプ場の地主など約200人が集まった。 【中尾祐子】

奥多摩福音の家は1965年、ドイツ・リーベンゼラミッションの献金により設立、元は白丸ダム建設の際の管理者宿舎および資材保管場所だった。以来、「教会の、教会による、教会のための奥多摩福音の家」として、小学生から大人までの主催キャンプによるキャンプ伝道、施設の貸出しを通じて日本の宣教のために活動してきた。現在はおもに日本福音キリスト教会連合(JECA)と協力している。

午後の感謝会では福音の家の歴史、これまでの歩み、キャンプ場の今後についてを聞いた。祝辞を述べたJECA南関東地区委員長の山口康友氏は「キャンプに参加した娘が帰ってきて、○○ちゃんと友達になった、というので、どこの教会の子? と聞くと『知らない』と言ううのです。彼女たちにはどこの教団、どこの教会とか関係ないんですね。ただクリスチャン同士で交わる、これは天国の前味ではないかと思います。そうした場が提供できる福音の家は素晴らしい」と話した。

元はキャンパー、現在はカウンセラーとして参加している青年たちの証しでは、自分もキャンプで信仰を持ち、そして今度は自分が次世代のために働く大切さを語ってくれた。

続いて奥多摩福音の家運営委員の牧野広隆氏により課題がいくつか挙げられた。「キャンプ場利用者が年々減っている上に、施設の老朽化、改修工事などを控え経済的には厳しい状況です。ぜひたくさんの教会に施設を利用してほしい。また、長年キャンプ場運営を担ってくれたスタッフたちの世代交代の時期でもあり新しいスタッフが起こされていく必要があります。さらに年々キャンプのワーカー、奉仕者も減少しています。特に夏期キャンプのカウンセラーの必要が満たされるように。これらを教会がともに祈ってほしい」と述べた。

またディレクターのT・オッケルト氏が来年の夏に退職となる。後任の人材の選定を祈ってほしいとの要請もあった。オッケルト氏は2006年から奥多摩福音の家の運営に関わってきた。

大震災で地域とつながる

11年の東日本大震災のときはドイツからの牧師や宣教師たちが国外退避をしていく中、日本に残り、同年の3月下旬、福音の家のキャンプ場としての施設営業を一時休止し、避難所として保守バプ・福島第一聖書バプテスト教会の教会員たちに提供した。式典には同教会の教会員と佐藤将司副牧師も参列していた。

避難所となったことは実はキャンプ場にとって祝福だった、とオッケルト氏は言う。「福島の人たちを受け入れることをキャンプ場の地主さんに相談しにいくと、快く受けてくださったのです。それまでは地元の人たちもキャンプ場に足を踏み入れることはなかったのですが、福島の人たちの歓迎会を開いたとき、ここに大勢やってきてくれました。今では外を歩くと、町の人たちのほうから挨拶をしてくれます。わたしたちのほうが、福島の人たちにありがとう、という感謝の気持ちなのです」

▽奥多摩福音の家の歩み  (ホームページ参照)

▽1951年:ドイツ・リーベンゼラミッションは神奈川県川崎市多摩区の中野島で開拓伝道。

▽65年:奥多摩福音の家設立。大通俊雄・静子夫妻が日本人奉仕者として着任(〜81年)

▽67年:「第一回高校生修養会」

▽76年:M・ハルム宣教師が常駐ディレクターとして着任(〜90年)。在任中に小学生・青年・ファミリー・新年聖会など、主催キャンプを充実。食堂の増改築、バンガロー建設、調理専任スタッフの就任。

▽91年:M・マイヤー宣教師が常駐ディレクターに着任(〜98年)。小学生Jr.、聖書セミナーなどキャンプが拡充。

▽94年:新館完成により、新たにカンファレンスセンターとしての側面を働きに加える。

▽99年:D・ヘーゲレ宣教師が常駐ディレクターに着任(〜06年リーベンゼラ日本宣教団代表に転任)。

▽06年:T・オッケルト宣教師が常駐ディレクターに着任。

▽11年:東日本大震災発生。福島第一聖書バプテスト教会関係者避難受け入れ。