初代・髙橋竹山。1973年には渋谷・山手教会の地下にあったライブハウス「ジャンジャン」に初出演し、その後の定期ライブが若者たちの心を捉え津軽三味線ブームの先駆けとなった。 (C)2018 Koichi Onishi

“カマリ”とは津軽弁で「匂い」のこと。津軽民謡の伴奏芸だった津軽三味線を“独奏曲”芸能として確立させた初代・髙橋竹山(本名:高橋定蔵、1910年[明治43]6月18日 – 1998年[平成10]2月5日)。本作のタイトルは、生前に演奏者として彼が語っていた「それを聴けば津軽の匂い(カマリ)が湧き出るような、そんな音を出したいものだ」に由来する。聴く者の魂を揺さぶるような竹山の演奏、爪弾き出す三味線の“音”に内包する竹山の生い立ち、津軽の厳しい自然と哀しい歴史に練られた人間味が香り立つようなドキュメンタリー。

竹山の津軽三味線を醸成
した極貧と津軽の風土

「竹山で、ございます。」の挨拶とともに津軽三味線を弾き始める初代・髙橋竹山の演奏から東津軽の雪景色と冬の海に流れるオープニングロール。貧しい農家の四男に生まれ、幼いときに麻疹(はしか)に罹かったのが原因で失明したこと。かすかな光は見えていたので小学校に通ったが悪童たちの酷いいじめに遭い、あまりの辛さに入学2日で小学校をやめたことなど身の上話を語り始める。

炭焼きの手伝いなどをしていたが、当時、盲人の男性は民謡を唄い三味線を弾いて流れ歩く“門付け”(かどづけ)になり、盲人の女性はイタコになるしか自活の道はなかったという。15歳のとき三味線の稽古に行き、2年間の内弟子生活の後、師匠の戸田重次郎のもとから独立し、門付け生活に入り津軽、北海道をはじめ全国を旅して歩いた。門付けといっても、芸人ではなく盲人の物乞いとして蔑まれひどい目に遭うことの多い時代。うるさがられたり、何曲も歌わされたあげくに一杯の飯のために歌い続ける日々。そうして「生きていかねばならない」一心で辛い思いを耐えてきた竹山の門付け暮らしを孫や津軽の弟子たちが語る。いまは新潟県に拠点を置いて全国で演奏活動をしている女性三味線演奏家の二代目・髙橋竹山は「すぐ死に直結することをさんざん経験している。そうでないと、ああいう音色であったり、ものの考え方は出てこないだろうと思います」と語る。

竹山が奏でていた津軽三味線の音色や独奏曲のルーツは、竹山個人の苦労だけではない。子どもの死を悼む数多の地蔵や無数の無縁仏が立っている津軽の厳しい歴史と風土に揉まれながら生きてきた竹山との繋がりも描いていく。津軽三味線だけでなく尺八演奏も名人の域を極めた竹山。津軽の冷たく厳しい浜風や木立から漏れる陽ざしの温もりを頬に伝える自然の“息遣い”を聴かせてくれる。

初代竹山は津軽三味線の独奏曲を確立し、全国の民謡や韓国のアリラン変奏曲などにも取り組んだ。二代目竹山も津軽三味線とジャズなど新たな音楽シーンとのコラボにも精力的にチャレンジしている。 (C)2018 Koichi Onishi

風と会話し
鳥を呼び寄せる

竹山の初弟子・西山洋子が竹山の姪・須藤チエの家を訪ねる。昔あったマルメロの大木は切り株になりすっかり変わっている周りの景色。昔、すぐ近くの小高い丘に登るとすぐ腰を掛け、身体を前後左右に揺らし始めた竹山を見て、具合が悪くなったのかと幾度か声をかけると、「うるせい、黙れ」とその度に叱られた。「我はよ いま風と話をしている」と言う。次いで口笛を吹き始めた竹山は西山洋子に「鳥と話してんだ」と言い、「来た、ほら 来た」と顔を上げる竹山につられて空を見ると木には止まっていないのに、竹山と西山洋子の上には幾羽もの鳥が舞っていた。西山洋子が「先生、鳥来てる」と言うと竹山は「だろ、我はさ常人じゃないんだよ」と得意げに応えた。

全国を旅した竹山は、コンサートのため二代目竹山を伴って沖縄にも足を運んでいる。戦没者慰霊地を巡った竹山は、戦時の悲惨な情況を聞かされ絶句していたという。初代竹山と旅した土地や聞かされていた命からがら助けられた場所などを巡り歩く二代目竹山。初代竹山のことを「とにかくかっこいいよね。いつも人を楽しませて。自分自身は楽しんでいたのかわからないけど」と、初代の人柄を想い出す。それまで幾度も映されていた演奏会での味のある語り口や周囲の人たちとの屈託のない談笑がよみがえってくる。「貧乏から教わったことがたくさんある」と語っていた初代竹山には、いのちを生き永らえるために受けてきたたくさんのことがあったのだろう。いま生かされていることを素直に感謝し、周りに喜びと楽しさを振り分けていく。感謝を深く味わうものが到達した、分かち合う生き方の粘り強さを感じさせてくれるドキュメンタリーと出会えた。 【遠山清一】

監督:大西功一  2018年/日本/104分/ドキュメンタリー/ 配給:太秦 2018年11月3日(土)より青森松竹アムゼ、柏シネマヴィレッジ8、イオン柏にて先行ロードショー。11月10日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開。
公式サイト http://tsugaru-kamari.com
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