将来は政治家の道へ進み首相になりたいと夢と希望を抱いてさまキャンプに参加してきたカヤだが… Copyright (C) 2018 Paradox

ノルウェーの首都オスロからおよそ40Km、バスターミナルからおよそ1時間ほどの距離にあるティーリフィヨレン湖。その湖岸から500mほど離れた所に受かぶウトヤ島は、島全体がノルウェー労働党のキャンプ場になっている。毎年の夏・冬には数百人規模のさまざまなキャンプで賑わうこの島で、2011年7月22日に青年団キャンプを襲った銃乱射事件が起こった。労働党の移民政策に反対する32歳の青年が、一人でライフルと拳銃を乱射してキャンパーや指導者たち69人を殺害、100人を超える負傷者を出した72分間に及ぶ惨状をドキュメンタリータッチで描いている。エリック・ポッペ監督は、この事件の全体像ではなく、その時、ウトヤ島で何が起こり、テロの標的にされた青年たちはどのように行動したのかを証人たちの綿密な取材と証言を基にリアルに描くことによって、テロリストの銃の照準と銃口に狙われた人たちが逃げまどいながらも団結しようと助け合い励まし合いうことで人間の良心と真情交わして築く未来を信じる姿を物語っている。

一人のテロリストによる犯行

7月22日午後3時17分、ノルウェー政治指導部が置かれているオスロの政府庁舎駐車場に停められていた車が爆破され8人が死亡した。そのニュースは、ウトヤ島でキャンプをしているノルウェー労働党青年団(AUF)の青少年たちにも伝えられた。

AUFに加入しているカヤ(アンドレア・バーンツェン)は、妹エミリア(エミリア)とキャンプに参加していた。心配した母親からの電話に、「世界一平和な島にいるのだから大丈夫」と答え、妹の面倒を見ると約束して電話を切るカヤ。5時ごろ、カヤが青年たちとワッフルを食べながらオスロでの爆破事件について議論していると、近くの森陰から数発の銃声が聞こえた。やがて数人の若者たちが「逃げろ!」と叫んで駆けてくる。訳も分からないまま逃げ惑い、近くの建物に駆け込む青年たち。誰かが警官が撃っていると言う。近づいてくる銃声、怪我した者を肩車して逃げるカヤ。

身を潜め、ようやく母親に電話して事件を知らせると、事件が起こる少し前、テントを離れるときに妹のエミリアと少し口げんかをしたことが気にかかるカヤ。エミリヤのテントまで戻ってみたがエミリヤはいない。黄色いジャケットを着たトビアス少年(マグヌス・モエン)が、近くのテントの陰に身を隠しへたり込んでいる。兄が必ず戻ると言っていたので待ち続けるという。カヤは危ないからとにかく逃げるように諭して走らせる。カヤも必死にエミリアを捜しまわるが見つからない。時折り、近くで聞こえる銃声。木の陰や地面に這いつくばり息を潜めるが、犯人の姿は見えない。時が経つにつれカヤの目の前には衝撃的な情景が広がる…。

テロリストの姿は見えない。そして、どの方向からいつ撃たれるかもしれない恐怖… Copyright (C) 2018 Paradox

青年たちを襲った悲劇から
社会が感得し学んだことは

“7月22日”は、いまもノルウェーの人々には、特別な言葉として胸に突き刺さってくるという。オスロの政府庁舎を爆破し、警察官の格好をしてウトヤ島に船で渡り、サマーキャンプに参加していた10代~20代の約700人の青少年たちを無差別に銃撃したのは、当時32歳の青年アンネシュ・ベーリング・ブレイビクの犯行だった。ブレイビクは、極右思想をもったキリスト教原理主義者といわれており、労働党の移民政策によりイスラム勢力の占拠からヨーロッパを守ることを動機として実行。ノルウェーの各政党の青年団は、政治に対する意見や提案を政党に進言し、なかには政策として取り上げられるほど影響力を持った小政党的な存在感と性じゅどを発揮している。ブレイビクは、政治への見識を持たった青少年たち抹殺し、彼らの夢や希望を打ち砕くため標的にした。

だが、ポッペ監督は、事件の全容を描くことは他の作品に委ね、事件で起きたことそのものを描いている。この悲劇に遭った被害者たちを丁寧に、注意深く取材し証言を基に事件で起こった出来事、青年たちがどの様な恐怖に陥り、どう行動したのかを伝える。銃声を聞いてから72分間、観客はカヤと共に行動している感覚で事件を“体験”する。それは、映画を愉しむ感覚からは程遠い。ポッペ監督は、彼らが体験した恐怖そのものを観る者に伝え、その恐怖のなかに遭っても青年たちの想いに共有されていたものを声にならないメッセージとして送っているようなドキュメンタリータッチの物語として問いかけている。

移民・難民問題はじめ異邦人・異文化への疑心・嫌悪感など心の奥に潜んでいた恐怖や絶望が世界を覆い分断と自国優先主義が顕在化しつつあるいま、日本にとってもテロリズムの恐怖は無縁のものではない。テロリストは無抵抗な者にも“敵”の概念を強固にし攻撃する。それでもウトヤ島で、青年たちは助け合い、励まし合って暴力には訴えなかった。人の個性や国々の多様さを尊重する“トゥルーカラーズ”が窮地に遭っても実際に歌われたという。怯えながら口ずさむ歌詞が耳に残る。【遠山清一】

監督:エリック・ポッペ 2018年/ノルウェー/ノルウェー語/97分/映倫:G/原題:Utoya 22. juli 配給:東京テアトル 2019年3月8日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町ほか 全国ロードショー。
公式サイト http://utoya-0722.com
Twitter https://twitter.com/utoya0722

*AWARD*
2018年:第68回ベルリン国際映画祭エキュメニカル審査員賞スペシャルメンション受賞。第90回ナショナル・ボード・オブ・レビュー「表現の自由賞」受賞。第31回ヨーロッパ映画賞撮影監督賞受賞。