渡辺 美佐子プロフィール:
1932年東京都生まれ。俳優座養成所時代の’53年に今井正監督作品『ひめゆりの塔』で映画デビュー。’58年、『果てしなき欲望』(今村昌平監督)でブルーリボン賞助演女優賞受賞。井上ひさし作の一人芝居『化粧』には、’82年から2015年までに国内外での上演回数は通算648回を数える。本作「誰がために憲法はある」でルポ取材されている「夏の会」の原爆朗読劇「夏の雲は忘れない~一九四五・ヒロシマナガサキ」は、2019年をもって解散・終演となる。

日本国憲法の前文そのものを真正面から描いた映画「誰がために憲法はある」が4月27日から公開上映される。近年の憲法改正論議と現実味を帯びている動向に危機感を感じ抱いている井上淳一監督が、20年以上前から一人語り「憲法くん」を演じているコメディアン・松元ヒロと出会い、女優・渡辺美佐子さんが演じる“憲法くん”を導入に置き、渡辺美佐子さんはじめ新劇の女優たちが上演してきた原爆朗読劇「夏の雲は忘れない~一九四五・ヒロシマナガサキ」が2019年で終演するドキュメンタリーの二部構成の作品。“憲法くん”を演じ、原爆朗読劇「夏の雲は忘れない」にかかわってきた女優の渡辺美佐子さんに話を聞いた。 【遠山清一】

憲法を擬人化した台詞が
とても分かりやすかった

冒頭、白いシャツに黒いズボンを着た渡辺美佐子演じる“憲法くん”が登場。「私は、憲法くん。姓は日本国、名は憲法です。70歳になりました…」と、一人称で憲法を自己紹介。「私、リストラされるかもしれないという噂…」と憲法の理想が現状に合わないとの批判に対して、その憲法の初心、魂ともいえる憲法前文を一気に暗唱する。

渡辺さんは、井上監督から松元ヒロの独り芝居「憲法くん」を映画にしたいと出演の依頼を受けた。
「松元ヒロさんが演じる『憲法くん』は拝見していませんでしたが、井上ひさしさんや永六輔さんが絶賛していたことは聞いていました。台本をいただいて読んでみましたら、『私は憲法くんです』と日本国憲法を“私”という一人称にしてしゃべっているいる台詞が、とても分かりやすかった」と引き受けた。
また、「私もね、憲法って知っているような知らないような…(笑い)。きちんと読んだことあるのかしらという感じだったんですけれどね。一番はっきりしたのは、憲法は私たちが従わなければいけないものと思っていたけれど、じつはそうではなくて、国を司る人たちが暴走しないように、歯止めになっているのが憲法ということが分かりました」。そして「この70年間、戦争という名の下で憲法くんは、一人も人を殺したことがありません。一人も殺された人はいません」という台詞に納得し、憲法が近いものになったという。

原爆の惨さと平和の尊さ
伝える原爆朗読劇の記録

渡辺さんは、女優仲間たちと34年間原爆朗読劇を上演してきた。当初は、「地人会」の木村浩一演出の「この子たちの夏」というタイトルの朗読劇で、ヒロシマ・ナガサキに落とされた原爆でなくなった子どもたちの最後の言葉と親たちが語る情況で内容が構成されていた。だが、2007年に「地人会」が解散されることになり、原爆の惨さと平和の尊さを伝え続けたいと、出演していた女優仲間で「夏の会」を立ち上げ、子どもたちの最後の言葉で台本を書き起こして原爆朗読劇「夏の空を忘れない」を完成させた。学校公演の需要が低下しているなどの諸事情で、2019年で「夏の空を忘れない」の公演活動は幕を下ろす。

本作では渡辺さんはじめ高田敏江、寺田路恵、大原ますみ、岩本多代、日色ともゑ、長内美那子、柳川慶子、山口果林、大橋芳江という錚々たる新劇女優たちが、「夏の会」での活動についてインタビューに答え、舞台稽古や講演先での高校生たちとの交流などをドキュメンタリーとして追っている。

1985年初演の朗読劇「この子たちの夏」を引き継ぎ、2007年に起ち上げられた「夏の会」による原爆朗読劇「夏の雲はわすれない…」には、新劇界を支えてきた錚々たる女優たちが出演している。上段左から:寺田路恵、渡辺美佐子、大原ますみ。中段左から:岩本多代、山口果林、日色ともゑ、長内美那子。下段左から:柳川慶子、大橋芳江、高田敏江。 (C)「誰がために憲法はある」製作運動体

原爆で亡くなった
初恋の人が出演機縁

渡辺さんがこの原爆朗読劇「この子たちの夏」と「夏の空を忘れない」に出演する機縁となったのは、敗戦の年、ほんの数か月だが同じ中学校にいた水永龍男さんとの淡い初恋の思い出と、水永さんが東京から広島へ疎開し原爆に遭って亡くなったていたことを戦後35年経って知ったこと。

「憲法くん」が日本国憲法前文を暗唱した後、渡辺さんと水永龍男さんが中学時代に出会った場所・麻布で龍男さんとの思い出が語られる。龍男さんは、ある日から姿を見せなくなる。東京大空襲もあった敗戦間近な時期。その消息を知るのは、戦後35年経ってのこと。テレビ番組で思い出の人と再会する企画で、渡辺さんは水永龍男さんのことを探してもらうことにした。
「どんな人に成長しているのかなぁと思っていたのですが、カーテンが開いて出てこられたのは、お歳を召したご夫妻でした。『あっ、もしかしたら私は良くないことをしてしまったのかしら』と思わされました」。
不安は当たってしまい、登場したのは水永龍男さんのご両親だった。そのとき、龍男さんが疎開先の広島で、建物疎開の作業に動員されていたとき原爆の直撃に遭い亡くなっていたことを知った。その5年後、朗読劇「この子たちの夏」出演の依頼を受けた。

水永龍男さんとのことは、1987年に講談社から発行されたエッセー集に書いたが、後に東京書籍の高校教科書に「りんごのほっぺ」のタイトルで掲載されているという。
「何とかして水永龍男という人が生きていたことを伝えたかった」想いが、今も高校生たちから「戦争の惨さを僕たちに分からせてくれた、というような感想文が届きます。私の歳で若い人たちと接する機会は難しいけれど、教科書に載っている水永君のことが高校生の方たちと接する機会になっている。原爆朗読劇にも水永君とのことがなければ出演したかどうか。この映画も水永君からのサプライズのように思えます」。

日本国憲法の前文には、基本的人権の尊重、国民主権、平和主義の三大原理が謳われている。法律の硬い文章を読むのではなく、耳で聞く“憲法前文”は分かりやすく心に届いてくる。「憲法くん」と朗読劇の合体させたこの作品は、“憲法くん”が忘れてほしくない憲法が生まれたときの初心の魂を身近に語りかけている。

監督:井上淳一、「憲法くん」原作:松元ヒロ 2019年/日本/71分/ 配給:太秦 2019年4月27日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開。
公式サイト http://www.tagatame-kenpou.com/
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