被ばくした牛を描いて原発事故の現実伝える 画家 戸田みどりさん

これまで「生ける水」を題材にして絵を描いてきた神奈川県相模原市在住の画家、戸田みどりさん(大和カルバリーチャペル会員)。だが、2015年に福島県双葉郡浪江町にある「希望の牧場」を訪問したことを機に、放射能に汚染された牛たちを描き続けてきた。「見捨てられた牛─フクシマより─」という題で、各地で個展も開いている。7月には同盟の「見捨てられた牛」というタイトルで、画集も出版される。
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希望の牧場で飼育されている牛は高級肉として知られる黒毛和牛だ。だが、被ばくした牛は殺処分されなければならなくなった。しかし、牧場主の吉沢正巳さんは「売れなくなったからといって殺処分なんてとてもできない。残された人生、この牛たちと共にする」と、放射能に汚染された330頭の牛の世話をしている。そんな吉沢さんの姿に打たれ、希望の牧場の牛を描くようになった。「過酷な環境の中でいのちを落とした牛はたくさんいましたが、それでもなお力強く生きようとする牛たちの姿を、私はスケッチさせてもらいました。優しい瞳に涙があふれ、申し訳ない気持ちで、必死に筆を動かしました」
アトリエには130号もの大きなキャンバスに描かれた「見捨てられた牛」の絵が置いてあった。黒毛の肌に毛が抜けて白く薄くなっている部分が所々に描かれており、ただ死を待つばかりの被ばくした牛という重々しさ、もの悲しさを、黒を基調に岩絵の具で表現している。「汚染されてしまっている草を食べているから、すぐにやられてしまう。牛たちは内部被ばくして、どんどん毛が抜けていき、半身がツルツルになる。そして骨と皮だけになり、やがて死んでいく。私が描いた牛たちは、1年後にまた訪ねると死んでいた。仕方がない、もうどうにもならない、この現実を絵を通して表現したかったのです」
死んで骨だけになった牛たちを描いた絵もあった。「最初は悲惨さの中にもどこかに希望のある絵を描いていました。しかし、状況は全然変わらないし、政府も何もしない。だんだん絵が過激になっていってしまいました」とため息をつく。
三重県生まれ。厳格な自衛官の父のもとで育てられ、幼少期はいつも緊張し、ピリピリするようなつらい日々を送ったが、「絵を描くことが唯一、自分を表現する手段だった」と言う。
1970年に美術大学を卒業。プロの画家として頭角を現す。30歳の時に信仰を持った。「恵み深い神様から聖霊のエネルギーをいただいた」という戸田さんは、「この水が入ると、そこの水が良くなるからである。この川が入るところでは、すべてのものが生きる」(エゼキエル47・9)の御言葉をヒントに「生ける水」をテーマにした絵を描いてきた。
「こういう絵を描いてきたからこそ、汚染水の問題はショックだった」と戸田さんは嘆く。「その湧水は喜び踊りながら流れ出て、いくところどこにでもいのちが芽生え、あらゆる生物が豊かに育つ。私たちの心にも、その水はいのちとなって湧き上がり、人々の心を潤し、世界中に平和が訪れる…。そんな願いを込めながら『生ける水』を描いてきました。しかし、原発事故によって、湧水は放射能まみれの汚染水となって海へとあふれ出てしまった。福島に取り組んでから5年。いつになったら戻れるのかと思いながら、絵を通して原発事故の現実を伝え、被災者を励ましていきたい」と語った。