7月21日号紙面:韓国特集-日韓の架け橋- 「決めつけ」でなく人として出会いたい 卓志雄さん(聖公会・インマヌエル新生教会司祭)
「決めつけ」でなく人として出会いたい 卓志雄さん(聖公会・インマヌエル新生教会司祭)
板橋区、豊島区、中野区との境にある練馬区小竹町の日本聖公会東京教区インマヌエル新生教会。同教会は今年1月に池袋聖公会、東京聖マルチン教会、練馬聖ガブリエル教会が合併し、再出発した教会だ。ここで牧師を務める韓国出身の卓志雄(タク・ジウン)司祭。管区(日本)レベル、超教派レベルでも、日韓の窓口となる働きをしている。「立場、役職以上に、それらを通して、出会いをコーディネートすることが大切だった。出会いの中で気づかされ、考えさせられたことが何よりも恵み」と話す。
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練馬では、2010年から牧師となった。「近くの池袋聖公会、東京聖マルチン教会には定住牧師がおらず管理牧師として兼務した。建物の老朽化、財政の逼迫など、維持の働きで精いっぱい。外に向けての働きが難しい状況だった。3教会で共通してできることは一緒にやろう、ということになりました」
合同礼拝などで交流を重ね。3教会は合併。「安定した礼拝と力強い宣教」がテーマになった。「多くの人に福音を伝えることはもちろん、福祉団体、NPO団体と相談し、行政や法人からこぼれる人を助ける働きも模索している。地域の様々な教会とも交流をもっていきたい」
アクセスの良い池袋聖公会伝道所(インマヌエル新生教会のミッションステーション)では、教会員が主体的に働き、外国人移住者の子どもの学習支援、ミャンマー人の集会の場に活用している。
「日本人でも当然できることであると思うが、韓国人として、日本に慣れていないからこそ見える視点がある。違いは間違いではない。文化、伝統、習慣の違いの良さを持ち寄ってやっていこうと呼びかけています」
14年に40年を迎えた聖公会の日韓協働委員会では活動記念事業に関わった。釜山教区・東京教区が協力した「BTプロジェクト」では1975年から日本人司祭を釜山教区に派遣していた。「当時はまだ韓国で聖公会の牧師は少なかった」。両教区では、友情交流として、済州島で、新聖堂建築の募金を呼びかけようとしている。
管区では異端やカルト問題を担当し、超教派団体とも協力している。「韓国系の異端が様々な問題を起こしていることに負い目がある。日韓の宣教の上で、重要な問題。役職や仕事を超え、父から託された問題だと思っています」
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卓さんが大学生の時、徴兵で海軍入隊中に受けた知らせに衝撃を受けた。父親がカルト団体に殺害されたという。
「父は神学校を卒業し、ジャーナリストとして活躍した。友人の母がカルト団体に入り、最終的に自殺するということに遭遇してからは異端・カルト問題に取り組みました」。当時カルト団体から、様々な脅しがあった。
「なぜ人は宗教の名で殺し合うのか」「絶対的な神を信じながら、神様に作られた大切な人を殺してしまうのか」。これらを問い、聖公会大学神学科に編入しようとした。ところが当時編入の枠がなかった。そのため、別の学科で編入しようとして選んだのが日本学科だった。
「米国に短期留学したときに、日本人たちと仲良くなった。日本のことをもっと知りたいと思っていました」。日韓の聖公会で実施していた日韓交流青年キャンプに参加したり、ボーイスカウトを通じて日本人青年をホームステイで受け入れるなど、日本人との交流があった。
4年時には立教大学キリスト教学科に1年交換留学し、日本の宣教課題を知った。そのまま立教大学院に学び続け、日本の聖公会神学院でも学び、按手を受けた。「召命は父のことが大きかった。韓国でそのまま神学科に入っていれば、日本に来ることはなかった。意味を感じます」
「嫌な言葉は、いい意味でも、悪い意味でも『韓国人だから』『日本人だから』と決めつけてしまうこと」と言う。「子どもたちが通う韓国人学校では、ヘイトスピーチ対策として『あまり外で韓国語をしゃべらないように』と指導された。暴力事件があったり、近隣の小学生から『朝鮮人帰れ』などと言われる事態が起きていた。しかし安全のためとはいえ、自分の国のことばをしゃべれない状況がある。神につくられた尊い存在として自分の国籍や言語で、差別、抑圧されることは苦しい」
「自分は、牧師として語る力や、機会はある。しかし、苦しくても声を出せない人も多いはず。そのようなマイノリティーの人たちの声を代弁していきたい。それは個人としてではなく、教会として、共同体としての働きである」と語った。