睡眠のメカニズムに挑む 文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム 筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構 機構長 柳沢正史さん

「生物にはなぜ睡眠が必要なのか」。睡眠覚醒を制御する神経伝達物質「オレキシン」の発見者で、睡眠研究の最先端を行く筑波大学教授の柳沢正史さんによれば、睡眠のメカニズムは解明されておらず、「神経科学最大のブラックボックス」だと言う。睡眠の世界的な研究拠点である、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構のリーダーとして、約百五十人のスタッフを束ね、現在はノーベル医学賞候補の一人とも目されている柳沢さんだが、現在、日本バプテスト連盟筑波バプテスト教会に所属し、フルート演奏で賛美も行っている。伝道集会では「信仰と科学」について講演もする柳沢さんに、自らの信仰を語ってもらった。【髙橋昌彦】

イエスはすばらしい医者
受洗して聖書の読み方が変わった

結婚相手の母親が、「結婚式は教会で」と望んだことをきっかけに、教会に出席し聖書を読むようになった。最初に読んだのはルカの福音書。「まず人間としてのイエスに出会い、彼は医者としてもすばらしい人物だとわかった。ツァラートに冒された男に対しては、病気を癒した後に、祭司に報告しなさい、家に帰りなさい、と言って社会的にも復帰させる。最終的には霊的にも癒やす。この態度はまさに医学部で昔から教えてきた〝全人的医療〟ですね。私も医学部出身ですから」
結婚式を前に洗礼を受けることを勧められ、結婚一か月前に行った婚約式で、二人一緒に洗礼を受けた。「その時点で、僕にきちんとした信仰があったとは思えないのですが、結婚して一生一緒に暮らすのなら、基本的な哲学が一緒なのは良いことだろう、と実利的に考えました」
それでも、それからというもの、今まで知識先行だった聖書の読み方が変わっていった。「イエスの見方も、それまで『人間』としての面を意識していましたが、『神』としての面を意識するようになっていきました。突然啓示が与えられたわけではないですけど、徐々に理解が深まった感じですね。福音書の奇跡や復活も、信じることにあまり苦労はなかった。もともと、絶対的な神が存在する、という考えは持っていましたから。むしろ、神を信じる自分と、科学者としての自分と、その立ち位置はどうなるのか、真剣に考えました。今も考えています」

科学の目的は、創造主なる
神の業を読み解くこと

このことを考える時、一つの基本は、私たちの目に見える宇宙はすべてが被造物で、その創造主である神は、見える宇宙から超越していて、そこに内在しているわけではない、ということだと言う。聖書には「神の永遠の力と神性は、世界が創造されたときから被造物を通して知られ」(ローマ1・20)と書いてある。「こういうことが聖書に書いてあることが驚きでした。科学者の使命はまさにここにある。被造物を詳細に観察し、創造主なる神の御手の業を読み解くのが、僕にとっての科学の究極の目的だと思っています。そうやって発見したことが、人間の役に立つなら、それに越したことはないし、神はそういう機会を人間に与えているけれども、いずれにしても科学の最大の目標は、そこにある」
日本の科学研究には、その部分がすっぽり抜け落ちている、と言う。「現代的な意味での科学=サイエンスという方法論が生まれたのは、ヨーロッパのキリスト教圏でした。テクノロジーということで言えば、同じ中世の中国にもあった。しかし、サイエンスは生まれなかった。その違いは、聖書の世界観の有無が決定的だったのではないでしょうか。
森羅万象すべてのものに霊的なものが宿っているというアニミズムの世界では、自然は恐れ多くて研究の対象にはならなかった。一方で、ヨーロッパの大学は神学から始まっています。それが自然哲学、サイエンスと派生していった。すべては神の業を解くということ、それがサイエンスの根源です。16、17世紀の現代科学の基礎を作った科学者、ニュートンやベーコンは、クリスチャンですよね。日本の大学は、この部分なしに、最終的に成った実だけを対象としている。根本的な哲学を置いてきてしまった」
それでは、人間はどこまで「神の業」に迫れるのか?「今日確かだと信じられていた理論が、明日書き換えられるかもしれない。それが科学の世界です。要するに、仮説というのは、人間が限界のある頭で考えたストーリーなのです。それに対して、科学的な真実というのは、創造主である神の業そのものですよね。だから、そっちのほうが大きいんですよ。しかし、科学にとって、仮説は重要で、仮説を磨いていくことがゴールなのです。磨かれ、洗練されていくと、仮説はやがて理論と呼ばれるようになる。それが科学のゴールです。だけど、それはいつ書き変えられるかわからない。科学は万能だ、という考えも、僕は否定します。座右の銘は、〝真実は仮説より奇なり〟です。自戒の句として、いつも心に留めています」