映画「夕陽のあと」ーー乳児遺棄・養子縁組・親権問題をとおして迫る親子、家族、コミュニティーの絆
幼児が親に虐待され死に至るなど悲しいニュースが後を絶たない。虐待のため実の親から離れて生活をせざるを得なくなった児童の割合は年々増加している「児童養護施設入所児童等調査の結果」(2013年2月1日現在) では、入所している児童の59.5%が親からの虐待のため離れて生活せざるを得ない状況が増加傾向にあることを指摘している。悲しい事件は、改めて家族、地域コミュニティの紐帯とはを問い掛けている。本作「夕陽のあと」は、現代日本の現象化著しい親と子、地域コミュニティと児童保護、養子縁組・里親養育などの深層を掘り起こし、家族とはなにか、地域コミュニティと家族の紐帯を豊かにしていく視野を拡げ、問題に直視していくことの大切さを観る者に迫ってくる。暗く悲惨な先行きばかりではないことを、人間の心の絆のたくましさで夕陽の温もりを感じさせてくれる。
特別養子縁組が実る直前に起きた
親権停止を求める産みの親の心情
鹿児島県の最北端、出水郡長島町。夕陽がきれいで自然の中で子どもたちは伸び伸び元気に育っている。朝、小学校に登校する日野豊和(ひの・とわ:松原豊和)たちを、食堂の店員・佐藤 茜(貫地谷しほり)は声をかけて送り出す。島の町ののどかな日常。茜は、一年前に移住支援制度に応募して一人で東京から引っ越してきて港の食堂で働いている。溌剌とした働きぶりに漁師や地元の人たちに直ぐに受け入れられたが、自分のことはほとんど語らないため謎めいた感覚でも観られている。
豊和の母親・五月(山田真歩)は、豊和もなついている茜を浜辺に誘い「何かあったら、なんでも言ってね」と声をかける。自分が子どもの時、両親が夫婦ケンカするとこの浜辺にきて夕陽を見て過ごしたという。「夕陽のあとはね、一番凪るんだよ。海の水も温かいんだよ」と、どこか寂しさの漂う茜を気遣い、励ます。
五月は、夫・優一(永井 大)、義母・ミエ(木内みどり)と里子・豊和の4人家族で平穏に日々を暮らしている。かつては不妊治療を行っていた五月だが、心身と家系への負担が大きくなり断念したとき、幼なじみで町役場の福祉課に勤める新見秀幸(川口 覚)の紹介で児童相談所から赤ん坊だった豊和を預かり養育してきて7年になる。家族の生活が安定してきたことから、特別養子縁組が認められるのが8歳未満のため五月と優一は豊和を戸籍上の親になるため特別養子縁組を申請する決心をした。日野家の家族仲の良い暮らしぶりを見てきた秀幸も、喜んで手続きを進めていく。
特別養子縁組で里子を子どもとして迎え入れる場合、産みの親の承諾を得る必要がある。手続きが大詰めの段階にきたある日。児童相談所は、ショッキングな事実を携えてきた。豊和は、7年前に東京のネットカフェで置き去りにされた乳児で、母親は自殺未遂で死にきれず逮捕されたという新聞記事の切り抜き。産みの母親の名前は、佐藤茜。執行猶予3年の間、母親プログラムや職業訓練を受けていたが、その後の行方が分からないという。茜が、この島に移住してきたのは偶然ではなかった…。
地方創生プロジェクトから
生まれた真面目な大作映画
長島、諸浦島、伊唐島、獅子島などから成る人口11,000人ほどの長島町。日本一の養殖ブリ収穫量で知られ、漁業と農業での自給率が100%を超える町だが、少子高齢化の影響はここにも現れている。遊興の街も映画館もない島に、若者たちがクラウド ファン ディングで“野外映画館”プロジェクトを呼びかけ2016年に巨大な天然シアターを実現した。さらに長島大陸映画実行委員会が発足し、映画「夕陽のあと」の製作へ。資金の一部はクラウド ファン ディングで呼びかけ「ふるさと納税」にも配分されている。いわば町起こしのプロジェクトなのだが、浮ついた宣伝ぽいものではなく小気味よい。
作品に込められているテーマは、恋人のDV、シングルマザーの貧困生活苦から乳児置き去り、自殺未遂、里子養育から特別養子縁組、そして対峙する産みの親と育ての親の心情と重い。想像しがちな重苦しさを、長島町の風情と人情が対峙する二人の母親の心情に寄り添っていく妙味を演出していく。里親家族と島のコミュニケーションのなかで育てられた豊和の感性、貫地谷しほりと山田真歩が演じる二人の母親の心理描写がみごとに噛み合っていく展開が、人として生きていくうえで、家族そして地域コミュニティのなかに育まれる絆の大切さを想い起させてくれる。地方創生プロジェクトのプロパガンダを超えて真面目な映画づくりが大作に実らせようとしている。【遠山清一】
監督:越川道夫 2019年/日本/133分/ 配給:コピアポア・フィルム 2019年11月8日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー。
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