建物水没でも人的被害なし 川越キングス・ガーデン

2019年は9月から10月にかけて、関東から東北の地域を数々の自然災害が襲った。中でも10月12、13日に東日本を縦断し、記録的な大雨をもたらした台風19号では、河川の決壊、大規模な洪水被害が発生。約100人の高齢者が入居する埼玉県川越市下小坂にある「川越キングス・スガーデン」も近くの川が決壊し、3棟ある特別養護老人ホームの建物のうち2棟が水没する、甚大な被害を受けた。2か月を過ぎて今なお復旧に向けての作業が続く現地で、施設長の渡邉圭司氏に話を聞いた。

―今回は早くから台風の予報が出ていました。何か対策は取っていましたか。
この地域は毎年のように水害の起こる場所ですが、今回は「観測史上にない」ということだったので、通常の対策では困難だと考えました。当日は帰宅が危険な状況もあったので、日勤が終わって帰るはずの職員にも残ってもらい、翌朝早番の人は来られるか分からないので、前日に入ってもらうようあらかじめ手配していました。当日職員は24人いました。
12日は朝10時から水位を計り始めました。建物は道路より高い位置にありますが、道路から正面玄関に上がる10段の階段が、いわば水位計なのです。例年のことですから。川が決壊しなくても、あふれた水がじわじわ押し寄せてくることはよくあって、通常3段目くらいまでは水が来ます。私たちの間では、5段目まで水がきたら危険で、事務所のコンピューターなどは机の上に上げます。そのあとまだ雨が降るかどうかを判断して、人や物を避難させるか考えます。
3棟ある特養うち、A、B棟は20年前に洪水被害に遭っています。階段の10段目から84㎝上まで水が上がりました。その被害があったので、さらに土地をかさ上げして、新たにC棟を避難棟として建てました。A、B棟が危険になったらC棟に避難する手はずでしたが、この20年間、C棟に避難することはあっても、取り越し苦労で済んできました。今回も10段目を越えるとは考えていませんでした。

―当日の様子を教えてください。
朝10時に水位を計り始めて、11時には1段目まで水が来たので、いつもより早い感じました。経過を観察し、1時間に1段くらいずつ水位が上がっていったと思いますが、台風が過ぎた頃は、8段目あたりの水でした。それでひと段落と思い、その後水位が上がったとしても1段以上あるので、もうA、B棟の床上浸水はないと判断し、職員には夜の10時半を過ぎて、全員休むように指示しました。副施設長は玄関で見ていると言ったので、雨がやんだ後も、ソファを置いて30分ごとにチェックしていました。それが13日の朝です。
午前1時半ごろに、彼があわてて走ってきて「大変だ」と言うので、見にきたら10段の階段を越えて水が上がってきていました。私は声が出なかったですが、すぐに避難を指示しました。建物のあちこちから水が入って来ていましたので、まずご利用者を全員、車いすやベッドごとC棟に移しました。1時間半くらいで避難を終え、点呼をして全員の確認をして、そのあと物を運びました。でもA、B棟にはもうすでに水が入っていましたから、膝上くらいの時まではやりましたが、それ以上になったら、足元も見えず危険ですし、明け方には停電にもなっていたので、そこでやめました。こういう状況で職員がけがをしたり、倒れたりしたらいけないので。その後は全員でC棟のご利用者の世話と物の整理をするようにしました。

―C棟まで水が来る危険はなかったのですか。
床下3㎝まで来ました。ご利用者が100人いても、C棟の1階と2階を使えば、食料と水があれば、大丈夫だと思っていました。でも1階に水が上がって使えなくなったら、2階だけで100人が過ごすのは無理です。その可能性が出てきたので市に救助を要請しました。実際には床上までの浸水にはならなかったのですが、上まで来る恐怖はありました。

普段の介護が安全な避難へ

―C棟での様子はどんなだったのでしょう。
ご利用者と職員合わせて124人がそこにいました。トイレの近くまで、マットで人が寝ている状態です。階段も危ないのでテーブルを置いて落ちないようにしました。ご利用者の8割は認知症の方です。1階が危なくなって全員が2階に上がってきてからは特にストレスが高まったと思います。大きな声を出したり、それに対して「うるさい」とどなったり。そういうことが増えていきました。最初の頃は、緊張もあったのか、おとなしくしてくださっていたのですが。そういう中で職員たちが童謡や唱歌を歌ったり、ジャンケンゲームをしたり、ひとりひとりに声をかけたりして、穏やかに過ごせるように努力をしてくれました。
朝の3時に全員がC棟に移り、5時には全員が2階に移り、救助が来たのが10時半ですから、5時間以上そういう状態だったでしょうか。水がC棟の1階には上がってこないことが分かってからは、歩ける人は1階に移り、広いところで過ごしてもらいました。

―救助はどのように行われたのですか。
船外機付きのゴムボートが、1階のベランダのところに来ました。水はベランダの下、40㎝くらいでしたね。2階にいる方を下に降ろさなければならないので、かなり大変でした。停電でエレベーターは使えないので、全員抱えてですから。職員たちも全員徹夜で、集中力も切れがちですし、手の力も落ちてきます。女性も男性も。上げるよりは降ろすほうが怖いです。腰にも負担がある。床もぬれていました。そんな中で事故が起きなかったのは、職員が適切に誘導、援助したからです。

―災害時の避難のために特別な訓練はしているのですか。
普通の避難訓練はしていますが、特別なことはしていません。普段の安全の考えかたの延長に今回もあったと思います。一人一人の対応も、普段の介護が十分に出来ていなければ、この人は寝たままがいいか、起こして誘導した方がいいか、などの判断も出来ない。緊急の場合に、どれだけ細かく的確な判断が出来るかは、普段の取り組み方にかかってくるのかと思います。今回100人のご利用者をお預りするなかで、命が守られたのは何よりです。一人のけがも、一件の事故もなく避難できたことは、職員の日常的な介護の取り組みがあったればこそですし、そのことを神様に感謝したい。

―避難されたご利用者は今どうされていますか。
特養の79人は、川越、浦和地域の施設や、草加、川口、筑波のキングス・ガーデンに受け入れていただいています。それぞれの施設も、職員配置が大変な中でです。協力施設の施設長さんたちは「困ったときはお互い様」という気持ちが強くてありがたいです。

―多くのボランティア支援があったと聞いています。
本当にたくさんの方に助けていただいています。特にホーリネス・坂戸キリスト教会は、被災直後から駐車場を提供してくださり、教会からここまでのボランティアの送迎を担ってくださいました。被災後は昼食の炊き出しをしてくださり、1日150食も作って持ってきてくださいました。そのおかげで、職員もボランティアの方も、明るく元気に作業が出来ました。

―今後施設の復旧の予定は。
特養の3棟は移転を考えています。建物としてはまだ使えるはずですが、今まで想定しなかった災害の危険がこれだけ大きくなってくると、法人としての社会的責任を考えなければなりませんので、移転の方向性が出されました。ケアハウス「主の園」は、特養よりも高い場所に立っているので、まだ使います。何かあったときには、移転先の特養が避難場所にもなるはずです。
職員も守らなければなりません。理事会からは、「職員が法人の宝である」という言葉もいただいています。ハードもソフトも確保、維持していくためには資金が必要です。多くの方の祈りと支援をお願いします。
【献金の宛先】ゆうちょ銀行(郵便局からの振込):口座番号00110・6・543882 社会福祉法人キングス・ガーデン埼玉 *通信欄に〔寄付申込 施設支援〕記載 *社会福祉法人への寄付は所得控除。