ティントレットの「弟子たちの足を洗うキリスト」の前に立つ案内役のジェレミー・アイアンズ (C)2019 – 3D Produzioni and Nexo Digital – All rights reserved

パリのルーブル美術館、ニューヨークのメトロポリタン美術館と肩を並べ世界三大美術館に挙げられるマドリッドのプラド美術館。昨年11月に開館200周年を迎え、記念作品の本作では、15世紀ごろから歴代のスペイン王室が蒐集した絵画・美術作品を中心に8700点に及ぶ所蔵からベラスケス、ゴヤ、エル・グレコらの作品と創作の特質を紐解いていく。1819年開館の王立絵画彫刻美術館から共和制が宣言された68年にプラド美術館と改称され、現在は国立の美術館として歴代スペイン王室の審美眼と国民のパトスを具現する美の殿堂に世界の人々を招いているドキュメンタリーだ。この世の権力と栄華を極めた皇帝が、その最期に仰ぎ望み見たものが後世の王室と芸術家たちに遺したものに想いを馳せるキーワードのようにも思われる。

ティツィアーノの「栄光」を
キーポイントに語るプラドの歩み

本作の案内役を務める俳優ジェレミー・アイアンズは、所蔵作品の美術的観察よりもプラド美術館の生い立ちと歴代王室の審美眼の確かさに力点を置いて語っていく。それはプラド美術館の開館に大きく貢献したフェルナンド7世とマリア・イサベルからさらに2世紀ほど遡る。ハプルブルク家の黄金期に君臨した神聖ローマ皇帝カール5世(スペイン国王としてはカルロス1世:1500年2月24日~1558年9月21日)が、56年にスペイン王位とローマ皇帝を退位し、スペインのユステ修道院に隠居してから逝去する間際までティツィアーノ・ヴェチェッリオが描いた宗教画「栄光」(現在はプラド美術館所蔵)を慈しみ瞑想の日々を過ごしたことからスペイン王室と芸術家たちの物語を語り始める。

フライヤーにも使われているベラスケスの「ラスメニーナス」 (C)2019 – 3D Produzioni and Nexo Digital – All rights reserved

アイアンズは、プラド美術館の歴史と絵画コレクションの特質を散策しながら美術館館長はじめ版画・素描部門、スペイン絵画部門など各部門のレキュレーターや絵画修復士ら専門家の作品評論、幼いころからプラド美術館に親しんできた女優のマリナ・サウラなど市井の生活者が生きる勇気が与えられてきた声にも耳を傾ける。

「所蔵作品から一枚の絵を選ぶとしたら」の問いに、ミゲル・ファロミール館長は、ティントレットの作品「弟子たちの足を洗うキリスト」を挙げ、「空間を完全に理解しており、物事を動的に描く才能をもっていた」と、その構図の特徴などを語る。また、絵画保存官のホセ・デ・ラ・フエンテは、 ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの「十字架降架」を挙げて「フランドル派の最高傑作です」と絶賛する。同作について女優のマリナ・サウラは、キリストの右側に位置するマグダラのマリアとおぼしき女性の表情が悲痛を訴えており、控えめだが豊かな表現の中に舞踏家ピナ・バウシュに似た手の動きをしていることに着目する。

ゴヤの「十字架のキリスト」やフラ・アンジェリコの「受胎告知」など蒐集された時代背景からも宗教画が多く取り扱われ、作品全体にとどまらず絵画細部のズームアップをテンポよく印象的に挿入されている。蒐集された時代背景からも宗教画が多く取り扱われ、作品全体だげでなく細部へのズームアップも印象的に挿入されている。イースターを前にプラド美術館への心地よい誘いを感じさせられた。【遠山清一】

監督:バレリア・パリシ 2019年/イタリア=スペイン/英語・スペイン語/92分/ドキュメンタリー/原題:Il Museo del Prado – La corte delle meraviglie 配給:東京テアトル、シンカ 2020年7月24日[金]よりヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー。
公式サイト http://www.prado-museum.com
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