映画「君の誕生日」－－人生の深い悲しみと苦渋に寄り添うとき

愛するものとの突然の別れ。その深い悲しみや喪失感に苦しむ人に寄り添うことの大切さが心に届いてくる物語。修学旅行中だった多数の高校生たちが犠牲になった2014年4月16日に韓国で起きた大型旅客船「セウォル号」転覆・沈没事故の遺族たちの苦悩を正面から描いている。大事故や大災害に遭って家族や親しい人を亡くした人たちのなかには、風評や社会的偏見などでなかなかグリーフの深みから脱却できないケースも起こりうる。グリーフケアに心を砕く存在の大切さに気づかせられる。

セウォル号沈没犠牲者
遺族らの深い悲しみと偏見

物語は、セウォル号沈没事故から２年後、高校生だった息子スホを亡くしたジョンイル（ソル・ギョング）が５年ぶりにベトナムから韓国に帰国する機中から始まる。だが、自宅マンションのドアホンを押しても妻スンナム（チョン・ドヨン）は小学生の娘イェソル（キム・ボミン）を制して応答しない。翌日、ジョンイルは、実妹と一緒に自分の顔を覚えていないイェソルの下校を待って再会し、仕事で留守にしている自宅を見た。修学旅行へ出かけたままのスホの部屋を眺めながら、出発当時まだ小学生だったスホと交わした約束を思い出すジョンイル。やむを得ない事情で帰国できず、息子の死や事故後も家族を支えられなかったことに言いようのない罪悪感を抱えている。

スーパーで働いているスンナムを訪ねるジョンイル。自宅に帰ってもスンナムはほとんど会話もなく、用意しておいた離婚届の用紙を静かにテーブルに置く。「また、改めて話そう」と避けるジョンイル。スンナムとの関係がギクシャクしているジョンイルに、隣室の奥さんがセウォル号事故の犠牲者遺族会の代表を紹介してきた。スホと関りのあった人たちを招いてスホの誕生日会を開かないかとの誘い。1年目のときは心の傷の癒えないスンナムが拒否して開けなかったという。スンナムのグリーフは今も重い。クラスメートの遺族たちともほとんど付き合いはなく、隣室の長女は慟哭するスンナムの声に苛まれて2年続けて受験に失敗し、受験中の息子も耐えている。スンナムの苛立ちは、娘イェソルにも時折り向けられ、そのことにスンナム自身苦悩する。

セウォル号沈没事故の犠牲になった高校生たちの教室が、2年間も保存状態であることに反対する声も高まってきた。だが、スンナムはそうした喧騒には、避けてかかわらない。遺族会から勧められているスホのいない誕生会だが、スンナム自身は頑なに避けている。そんなスンナムにジョンイルは、「誕生日には、きっとスホも来る」と意味深なことばで寄り添うように誘う…。

イ・ジョンオン監督と遺族らの交流
から紡がれた寄り添いと共感の物語

イ・ジョンオン監督は、セウォル号沈没事故の翌年から多くの犠牲者を出した高校が在る安山市の遺族のもとでボランティア活動をしながら犠牲になった高校生たちの誕生日会に参加してきた。ジョンイルとスンナム夫妻の家族は実在しないが、ジョンオン監督が交流とインタビューをとおして紡いだ遺族像であり、深い悲しみと時が経つにつれ世間の同情と偏見入り混じっていく現実を描いている。

ラストの誕生日会のシークエンスは長回しの撮影でリアリティに富み、高校生たちの教室の保存問題や遺族への賠償金に絡む問題、遺族への同情がいつしか偏見や妬みへと変化していく社会的な情況への苦悩などもシリアスに描かれていく。愛する者を喪失した深い悲しみからくる行き場のない怒りに苦しむスンナム。彼女が拒んでいた誕生日会で亡きスホとの関わり合いを分かち合うシークエンスは、深い悲しみにある人に寄り添うことの難しさとともに、グリーフとグリーフケアに心を砕く存在の大切を気づかせてくれる。【遠山清一】

監督：イ・ジョンオン　2019年/韓国/120分/原題：Birthday　配給：クロックワークス　シネマート新宿ほかにて11月27日［金］より全国順次公開。
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