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インドのダラムサラにあるナムギェル僧院の壁一面に掲げられている“焼身抗議”者たちの遺影に合掌する少年僧 (c)Ren Universe 2015

オープニングのシーン。“焼身抗議”するチベットの僧侶の写真がパソコンに画面に映し出される。2008年の中国オリンピック開催に際して当局のチベットへの弾圧が激しくなり、翌年から自由とインドに亡命したダマイ・ラマ法王の解放を求める“焼身抗議”する人が後を絶たない。他者を傷つけず、チベット仏教の信奉して自らが“愛と自由と平和”を訴え求める灯明となって自死する人たち。専属の建築家としてチベット亡命政府と深くかかわり、チベットの刑務所で拷問を受けるなど元政治犯の人々を支援している、NGOルンタプロジェクトを起ち上げた中原一博氏の生き方をとおして隠されてきたチベットと命を掛けて非暴力で訴え求めるチベットの人々を追ったドキュメンタリー作品だ。

冒頭の“焼身抗議”のシーンは、2014年3月16日、チベット東部の町ンガバで行われたものだ。2008年3月16日、この町でも無抵抗のデモが行われたが、中国当局は無差別に発砲し20人以上が死亡した。

中原氏は、インドのダラムサラから自身のブログ「チベットNOW@ルンタ」(http://blog.livedoor.jp/rftibet/)で中国当局のチベットでの弾圧や“焼身抗議”の速報を発信している。このドキュメンタリーの取材撮影時での“焼身抗議”は127人に上り、後を絶たない状況だ。

ダラムサラのナムギェル僧院の壁一面には、“焼身抗議”者たちの遺影が掲げられている。中高年の僧侶や市民もいるが、その多くは10代、20代男女の若者たちだ。亡命チベット人による追悼集会では、主催者が「我々は屈しない。慈悲と非暴力の力を信じているから」と叫ぶ。

“焼身抗議”した人たちの出自やその時の情況を語る中原氏。そして念願だったチベットに入ることが出来た。アムド草原や町を訪れ、1000年を超える遊牧民の生活と文化がいかに制圧されているかその実情を語る。またラブラン大僧院などチベット人僧俗の男女が“焼身抗議”した場所をめぐるり、ダライラマの長寿と帰還、慈悲と来世を信じ、天空に願いを届けるという“ルンタ”(風の馬)が描かれた紙を撒く。

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チベットの草原や焼身抗議した人々の足跡を訪ねた中原一博氏 (c)Ren Universe 2015

中国当局が、“焼身抗議”者をどのように処理して遺族に戻すかは語られるが、当局の為政者としての公的な見解など政治的な背景はあまり紹介されてはいない。日本のマスメディアでは、ほとんどチベットの情況を報じられないことを思うと、チベットでの新聞や広報などで当局がどのような見解を報じているのかが紹介されていると、拷問・虐待を受けたチベットの人たちの証言との対比が明確になったのではないだろうか。

自らの肉体と命への最大の暴力行為ともいえる“焼身抗議”を、素直に受け止められない考え方もあることだろう。それだけに、チベットの現状を直視し、激しい拷問を受けトラウマに苦しんでいるチベット難民に寄り添い支援してきた中原氏の証言をとおしてチベットを知る意味は、避けて通れない深みを持っている。 【遠山清一

監督:池谷薫 2015年/日本/日本語・チベット語/111分/ドキュメンタリー/英題:Lung Ta 配給:蓮ユニバース 25015年7月18日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムにてロードショーほか全国順次公開。
公式サイト http://lung-ta.net
Facebook https://www.facebook.com/eiga.lungta/

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(c)Ren Universe 2015

<焼身抗議の背景>(本作の公式ウェブサイトより転載)
1949年、中華人民共和国を樹立した毛沢東は直ちにチベットへ侵攻。2年後、チベットは事実上、中国の支配下に置かれた。1959年、ダライ・ラマ14世はインドに亡命。後を追うように約10万人のチベット人たちがヒマラヤを越えてインドやネパールに亡命した。2008年、北京オリンピックを目前に控えチベット全土で平和的デモが発生すると、中国当局は容赦のない弾圧を加え、ラサだけでも200名を超えるチベット人が命を奪われた(亡命政府発表)。これによりチベット人の中国政府に対する不信感が高まり、今も増え続ける“焼身抗議”の誘因となった。その他、中国政府の言語教育政策や遊牧民の定住化、天然資源の採掘に伴う環境汚染、チベット人に対する移動の制限なども“焼身抗議”の背景に挙げられる。