映画「パブリック 図書館の奇跡」ーーホームレスが公立図書館を占拠。事件が焙り出すコミュニティの脆弱性
米国の公立図書館本館を舞台に市民コミュニティの”公共”の脆弱性を焙り出していく感動的なエンターテイメント作品。凍死者が続出する大寒波に耐え切れなくなったホームレスたちが、一夜の暖房を求めて公立図書館を占拠する。この事件を実力行使によってホームレスたちを排除するか、彼らの人権を尊重して交渉と行政対応による解決へ導くか。折しも市長選挙への影響なども絡まりる展開は、コミュニティと個々人の尊厳の関係性をも問いかけてくる。
ホームレスは人生の落伍者
怠け者で厄介な存在なのか
米国オハイオ州シンシナティ市近郊が大寒波に襲われている。朝6時にはシェルターから町に追いやられた大勢のホームレスたちが、一日の暖を求めて公立図書館の玄関前で朝9時の開館を待ちわびている。彼らは、閉館時間まで居ても追い出されない公立図書館の常連利用者なのだ。司書のグッドソン(エミリオ・エステベス)が出館してきた。玄関前で一人の女性ホームレスが警備員に開館前に入れろともめている。女性ホームレスに応対し人種の問題ではなく開館時間まで待つよう説得するグッドソン。常連のホームレスたちのキャラクターはほとんど把握している。
開館。女性司書のマイラ(ジェナ・マローン)と応対する。ホームレスたちは、読書、インターネットなど思い思いの場所に向かう。ホームレスたちは人種、以前のキャリアは千差万別だが、精神的な疾患を持っている者もいて問題行動やトラブルは日常茶飯。アフリカ系で退役軍人のジャクソン(マイケル・K・ウィリアムズ)は常連ホームレス仲間の中心的な存在。昨夜もどの地区で何人が凍死したとグッドソンに告げ、シェルター数の不足など厳しい情況を打ち明ける。
正午。アンダーソン館長(ジェフリー・ライト)に呼び出されたグッドソンが評議会室に行くと、二人の評議員とデイヴィス検察官(クリスチャン・スレイター)らが待ち受けていた。警備係のラミレス(ジェイコブ・バルガス)も呼び出されていた。二人が、体臭がきついことを理由に退館を強く求めた男から、差別的行為だと訴えられ慰謝料を求めてきたという。事情を説明しようとするグッドソンは、高飛車なデイヴィス検察官の厳しく咎める一方的な言い方に閉口し、気落ちする。
シンシナティが、その年一番の寒さを記録した翌日。閉館直前、3Fフロアーにいたジャクソンが「俺たちは、今夜は帰らない。ここを占拠する」とグッドソンに宣告した。“俺たち”という言葉を問い返すと70人ほどのホームレスたちが、グッドソンの方を見て団結を示している。路上ホームレスの凍死者が続出しているのに市の緊急シェルターは満杯のままで何の対応もしようとしない。閉館後の開放か緊急シェルターの増設を“要望”している。情況を理解しているグッドソンは、帰宅しようとしているアンダーソン館長に「今夜は彼らに開放しましょう」と直談判するが、「ここはシェルターではない」と取り合わない。さらにグッドソンに「評議会は君を(自分から)辞めさせようとしている」と、問題を起こさない方がいいと注意する。
図書館の規則を守って凍死の可能性が高い極館の夜の町へ追いやるのか、いのちを守るため規則を破るのか。悩んだ結果、グッドマンはホームレスたちに寄り添うことを決断し、フロアーの入り口を書架を運んで閉鎖する。騒動に市警が出動しベテランのビル・ラムステッド刑事(アレック・ボールドウィン)がホームレスたちとの交渉にあたった。だが、デイヴィス検察官が横から口をはさんだことでひと騒動。市長選に立候補しているデイヴィス検察官は、その騒動を自己アピールに利用しただけでなく公立図書館を占拠している首謀者としてグッドソンの名前を挙げてフェイクニュースをインタビューで流してしまう。さらには、実力行使でホームレスを図書館から排除する強硬策で早期解決をアピールしようとする…。
“図書館は民主主義の最後の砦”
10数年前の新聞コラムに寄稿されていたホームレスと公立図書館の記事に触発されたエミリオ・エステベスが、丁寧に練り上げてきた骨太な作品に惹かれる。ストーリー展開に、グッドソンとアパートの隣室に住むアンジェラ(テイラー・シリング)とのロマンスからグッドソンのアルコール依存症歴や本に命を救われたエピソード、ホームレス仲間の会話など肩の凝らないシークエンスも挿入されていて愉しめる。一方で、拡がる格差社会のなかで市民としてホームレスの存在をどのようにみつめるのか、彼らの中には多くの退役軍人がいるが尊敬も敬意も払われない現実やマスコミがニュースバリューを作り出していく危惧を覚えさせられるシーンなど、考えさせられるメッセージがいくつも込められている。
近年、ドキュメンタリー映画「ニューヨーク公共図書館」などで図書館が本という知的財産を所蔵するだけの存在ではなく地域コミュニティに働かける存在としての意義が紹介されている。本作は、現在のアメリカの情景が力による分断が拡張されつつあるなかで、共に存在し合う“パブリック”の意義深さを心に残してくれる。ホームレスを実力行使で排除しようとする検察官に、「図書館は民主主義の最後の砦なのだ。ここを戦場にしないでほしい」と告げるアンダーソン館長の力強いことばが忘れられない。【遠山清一】
監督・脚本:エミリオ・エステベス 2018年/アメリカ/119分/映倫:G/原題:The Public 配給:ロングライド 2020年7月17日[金]よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。
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*AWARD*
2018年:第43回トロント国際映画祭出品作品。