成功を夢見てオースティンで出会ったフェイとBV (C) 2017 Buckeye Pictures, LLC

サウス・バイ・サウスウェスト(SXSW)ロックフェスなど音楽の都市としても知られるテキサス州の州都オースティンを舞台に、二組の男女4人が成功と愛情への誘惑の調べに酔う男女の心象世界が80曲を超える楽曲にのせてポエティフルな対話と映像美で描かれている。

大物プロデューサーのクックに
翻弄されるBVと二人の女性たち

ジャズ、ブルース、カントリーなどさまざまなジャンルのライブハウスが軒を並べ“Live Music Capital of the World”をスローガンに掲げているオースティン。ビッグなロックフェスティバルを興行するプロデューサーのクック(マイケル・ファスベンダー)の豪邸で開かれているパーティに招待された新進作曲家のBV(ライアン・ゴズリング)は、ロックバンドでギターを弾くフェイ(ルーニー・マーラ)と知り会い惹かれていく。成功を夢見てオースティンにやってくるミュージシャンたちの一人だったフェイは、クックと秘密の関係を持ってから大きなフェスティバルにも出演できるようになっていた。フェイにBVのことを相談されたクックは、BVと付き合うようにフェイをそそのかす。

ドラッグを吸い、女性関係も多いクックだが、街のレストランで幼稚園教師の職を失いウェイトレスをしているロンダ(ナタリー・ポートマン)を誘惑する。ロンダをフェスティバルの裏舞台を案内し、パーティにも招待して交際を深めていくクックは、ロンダの母親のために小さな家を買ってプレゼントし、同棲生活にロンダを堕としていく。

フェイはBVの誠実さと愛情の深さに触れ心が苦しくなっていく。だが、クックはBVを自宅に招き「レコードを出そう」と契約話をまとめるが、彼が作った楽曲をクックの著作として発表し裏切る。絶縁を告げて契約関係を解消したBV。クックはフェイにレコード契約の話を持ち掛けながら、以前の二人の関係をBVに打ち明けろと揺さぶる。フェイとクックの関係を知ったBVは、フェイと別れる。

クックはウェイトレスのロンダを初対面で誘惑する (C) 2017 Buckeye Pictures, LLC

同棲しても相変わらず女性関係の激しいクックに、ロンダはクックに注いでいた愛情に戸惑い、苦しみ、憔悴していく。フェイト別れたBVは、年上の美しい女性アマンダ(ケイト・ブランシェット)との結婚を真剣に考え母親に紹介するが、母親はアマンダに「あなたは(我が家に)ふさわしくない」と拒絶し、アマンダは静かに身を引いていく。成功と愛を求めてもがき苦しむBVとフェイ、ロンダの三人。だがクックにも、成功しても満たされなかったものが何であったのかを思い知る波乱が起きる…。

『失楽園』のサタンをイメージ
して演じられたクックの役柄

女性ロックシンガーのジャニス・ジョプリンやブルース・ギタリストのスティーヴィー・レイ・ヴォーン、カントリーのシンガーソングライターの大御所ウィリー・ネルソンらビッグスターはじめ若手のミュージシャンたちが人生の夢と成功をかけて集まる音楽の都を舞台にしているだけに、ライブシーンになどに登場するミュージシャンたちの顔ぶれがすごい。フェイのバンドをブラック・リップスがえんじているほかイギー・ポップ、ジョン・ライドン、レッドホット・チリペッパーズなど多数。スウェーデンのシンガーソングライターのリッキー・リーは、フェイと別れた後のBVと少し付き合う役どころで。またパンクロックの先駆者パティ・スミスは、実名で出演し音楽と愛と人生の怖れを相談するフェイに、実生活を想起させられるようなアドバイスを語りフェイの背中を押すなど重要な役どころにミュージシャンが多く起用されているのも見どころ。

BV、フェイ、ロンダらを翻弄するクック役のマイケル・ファスベンダーは、「(ジョン・ミルトンの叙事詩)『失楽園』のサタンをイメージして演じた」とオフィシャルなインタビューで応えている。なるほど、フェイの心を弄(もてあそ)び、貧しいながら母親と平穏な暮らしを送っていたロンダに夢のような暮らしと愛情を味合わせて絶望へと引き落とす冷酷さ。成功して酒とバラの日々を得ても、心は満たされることなく感謝することを知らない姿は堕天使のよう。ロンダを亡くして慟哭するクックの姿を演出しているあたりに、人間クックが真に必要としている何かを気づかせてくれる想いがする。

クックのもとを去り、再会したフェイトBVはエデンの園とはことなる乳と蜜の都市からも去り新たな人生を始める。台詞というよりは詩のフレーズを交わしいるかのような対話。ルーニー・マーラをとにかくファッショナブルに透明感豊かに美しく撮り、ライブ映像やあらゆるシーンの情景が映像美とともにさまざまな音楽に心象世界を展開していく。一見、ストーリーはつかみにくいが、堕落と罪から解き放れたい心の痛みがポエムのよう感性を刺激してくれる映画だ。 【遠山清一】

監督・脚本:テレンス・マリック 2017年/アメリカ/128分/映倫:PG12/原題:Song to Song 配給:AMGエンタテインメント 2020年12月25日[金]より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開。
公式サイト https://songtosong.jp
公式Twitter https://twitter.com/SONGTOSONG_JP