自宅棟を見上げる孝秋(左)と相太 © Copyright 横浜シネマ・ジャック&ベティ30周年企画映画製作委員会. All Rights Reserved

ある団地で風が強い日にベランダから鉢植えが落下して中年男性が死亡した出来事をめぐり、事故なのか、故意の行為なのか、被害者遺族の心情などを描いている人間ドラマ。毎日のニュース報道で知る出来事に、加害者と被害者がいるということだけ知れば、視線を逸らせてしまう日常。だが、小さな事故のようでも、その被害者遺族の深い喪失感や被害者が何かをきっかけに加害者へ変動するかもしれない危うさなど、心にうごめく“知られざる罪”が顕れる日常の一瞬をサスペンスフルなストーリー展開で印象深く描かれている。

団地での事故死から
浮かび上がる疑念

郊外にある団地の5階で暮らす野村忠義(高橋長英)とマチ(吉行和子)夫妻。認知症の忠義はうつろう記憶の中で時折り団地界隈を徘徊し、マチは目が離せず振り回されている。鉄工所で働く孝秋(カトウシンスケ)は、そんな両親が気がかりで実家の団地をよく訪れる。だが忠義は、数年前に交通事故で死んだ孝秋の兄と区別がつかない。孝秋を見てもただぼんやりと頷くだけだったり、亡き兄と間違えて孝秋に話しかけたりする。

ある日、団地の6階に中年夫婦と息子の楠本一家が引っ越してきた。ちょうどマチと楠本家族が棟の出入り口で挨拶していると、楠本家の真上の部屋に住む岡部 聡(篠原 篤)が通りかかり、隣室に住むマチが紹介すると、岡部はぶっきらぼうに「あまりうるさくしないでくださいね」と告げて立ち去る。

強風吹き荒れるある日、事故が起こる。岡部の部屋のベランダ腰壁に置かれていたパンジーの鉢植えが落下して楠本氏に当たり救急車やパトカーが駆けつけ現場検証する騒ぎになった。同じ時刻、両親がいないとき息子の楠本相太(太田流星)は指をけがして面識のあるマチが病院へ同伴し治療していた。マチと相太が団地に戻ると、野村氏は救急車で運ばれ号棟の出入り口付近は警察の現場検証中でブロックされていた。忠義の訪問介護士・長谷川美里(村上穂乃佳)と孝秋も団地の自宅棟の前に来ていた。ふと父・忠義の安否を懸念し美里と自宅の部屋に行くとベッドに忠義の姿が見えない。しかもベランダにつながるキッチンのドアが開いたままだ。高まる不安。だが、忠義は風呂場にうずくまっていた。そして手袋は土で汚れている。美里もその光景を不審に思ったが、孝秋は、もしかしたらと父・忠義への疑念を抱いていく…。

忠義の訪問介護に来る美里(中央)は、忠義の様子に疑念を抱くが孝秋に担当替えされてしまう © Copyright 横浜シネマ・ジャック&ベティ30周年企画映画製作委員会. All Rights Reserved.

一つの出来事から心の機微を
多彩な視線から見つめている

高齢化社会の縮図のような団地が舞台。そこには老々介護の夫婦が暮らし、商店街やコミュニティセンターなども存在し、物語の日常性がシンプルに伝わってくる。警察の現場検証から事故と判断されたが、ベランダに鉢植えを置いていた岡部は周囲から責められるような視線に耐えられず団地を退去する。そのパンジーの鉢植えには岡部の家族との関りの物語があるが、それを慮る他者はいない。交通事故などの遺族が集うグリーフィングの会に、兄を亡くしている孝秋が出席している。マチに勧められて楠本母子が来会したことに驚く孝秋。兄が亡くなったとき、父親の忠義は加害者側の相手を許したがその心情はいまも当時と変わらず許せているのだろうか。もしや忠義の深層に隠れていた何かが加害への動機を揺り動かしたのでは…。そうした心の機微が、孝秋はじめ介護士の美里、楠本母子らさまざまな立場の視線に見つめられている。奥田裕介監督は、脚本を書き始めたころ自身の身内が交通事故で亡くした喪失感からしばらく筆を執れなかったという。その経験に正面から向き合い生み出された本作は、「大切な人を失った悲しみや喪失感に心の置き場所を見つけたかった。」と語る奥田監督。ラストシークエンスの情景は、監督が孝秋の心の動きを通じて顕した一つの想いなのだろう。【遠山清一】

監督:奥田裕介 2021年/115分/日本/映倫:G/英題:Somebody’s Flowers/ 配給:ガチンコ・フィルム ジャック&ベティ30周年記念企画作品、2021年12月18日[土]よりジャック&ベティ先行上映。2022年1月29日[金]よりユーロスペースほか全国順次公開。
公式サイト http://g-film.net/somebody/
公式Twitter https://twitter.com/dareka_no_hana

*AWARD*
2021年:東京国際映画祭「アジアの未来」部門出品作。