マッカーサーの宿泊先を訪ねて会見した昭和天皇。
マッカーサーの宿泊先を訪ねて会見した昭和天皇。

今年7月16日、憲法9条の解釈改憲と問題視された安全保障関連法案が衆議院で可決され、参議院へ送らられた。そもそも、国の憲法として武力による国際紛争解決の手段を放棄すると謳う憲法9条は、なぜ必要だったのか? 戦前・戦中に統帥権を保持していた天皇制がなぜ存続したのか? 昭和天皇と軍隊(自衛隊)の関係性を正面から捉え、現代の日本人に天皇制との対峙を真摯に問い掛けているドキュメンタリー。フランス在住の渡辺謙一監督が、フランスのメディアからフランス人に理解できるようにとの要請を受けた作品。日本人同士のなあなあ感覚がないだけに、理路整然とした分かりやすさがあり、世界中から蒐集した貴重なアーカイブ映像が随所に使われており、リアルで美しい。

1945年8月30日、連合軍最高司令官としてダグラス・マッカーサー日本に上陸した。天皇の軍隊であった日本軍の武装解除と、戦争へ導いた指導者の訴追準備が迅速に進められていく。

統帥権を有していた天皇の戦争責任はどう扱われるのか。そうした議論が高まりつつある中、昭和天皇自らがマッカーサーの宿泊先に出向いて会見した。マッカーサーが、日本の占領統治に天皇の威信を拠り所にする第一歩でもあった。

やがて朝鮮戦争が勃発し、戦力不足対策として動員された警察予備隊と海上保安隊の整備。再軍備放棄をも謳った日本国憲法の下、マッカーサーの認可によって’54年の自衛隊発足へ始動した瞬間だった。戦前・戦中に存在していた天皇の軍隊が解体したのち、日本の防衛と安全はどのように保障されるのか。鉄の暴風と地上戦の傷痕痛ましい沖縄を切り離しての日米安全保障条約締結など戦後の天皇制と再軍備、政治経済の歩みが概観されていく。

1945年12月7日。昭和天皇は広島に巡幸し、2万人の市民と原爆ドームの前に立った。 (C) 英王立戦争博物館
1945年12月7日。昭和天皇は広島に巡幸し、2万人の市民と原爆ドームの前に立った。 (C) 英王立戦争博物館

戦後の日本を乗り越えさせてきた憲法1条(象徴天皇)、9条(戦争の放棄)、20条(信教の自由)の3要項。その重要性と意義について田 英夫(政治家)、ジョン・ダワー(歴史家)、樋口陽一(法学者)、鈴木邦男(右翼論客)、中川昭一(政治家)、葦津泰國(評論家)、小森陽一(国文学者)、五百旗頭真(歴史学者)、高橋哲哉(哲学者)など左右に偏らない国内外の論客らがインタビューに答えている貴重な証言作品とも言える。

天皇に関するトピックスには、’67年に起きた自衛隊市ヶ谷駐屯地での三島由紀夫割腹事件についても紹介されている。ノーベル文学賞候補に挙がり、美的感性に優れた国粋的文学者の名はフランスに限らず世界に知られている。その三島が、憲法改正を叫び天皇の軍隊として立ち返るよう命を懸けて提唱した事件は、本作のテーマから外すことのできない問題提起を持っているのかもしれない。

三島由紀夫は、命を懸けて真摯に憲法改正を主張した。いま、自民党・公明党などの連立政権が多数を有する国会では、憲法改正なき海外派兵可能な解釈改憲の安保関連法案が数の力で成立されようとしている。戦後、長く議論され続けている天皇(象徴性)と軍隊(自衛隊)だが、真剣に対峙すべき時機に来ているのではないか。原爆ドームのある広島に巡幸した天皇のラストシーン。互いに向き合っているこのシーンは、その問い掛けをしているかのように受け止められる。 【遠山清一】

監督:渡辺謙一 2009年/フランス/90分/HDV/原題:Le Japon, l’empereur et l’armee 配給:きろくびと 20015年8月8日(土)よりポレポレ東中野にて緊急上映ほか全国順次公開。
公式サイト http://www.kiroku-bito.com/article1&9/

2010年 FIGRA映画祭歴史部門コンペティション参加作品