北朝鮮から東欧ポーランドへ移送された朝鮮戦争孤児の歩みを追ったチュ・サンミ監督(右)と脱北者大学生のイ・ソン。 ©2016. The Children Gone To Poland.

第2次世界大戦後、米ソ対立を背景に1948年8月15日に38度線以南に大韓民国(韓国)が建国、翌9月9日に38度線以北部に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が建国され、朝鮮民族による分断国家が誕生した。だが、1950年6月25日にソ連の同意を得た金日成首相率いる北朝鮮軍が38度線を超えて韓国に侵攻、応戦する韓国軍・国連軍と北朝鮮とともにソ連・中国が参戦し朝鮮戦争が勃発した。この戦争では10万人以上が戦争孤児になったとされるが、金日成は戦争継続のため東欧の共産圏同盟国に戦争孤児の受け入れを要請。1951年から東欧数か国へおよそ6000人の戦争孤児たちを秘密裏に移送した。本作では、女優で演出家のチュ・サンミがポーランドに移送された1500人の孤児たちをわが子のように親身に受け入れたポーランドの村人たちとの心の交流を追ったドキュメンタリー。

女優で演出家のチュ・サンミ
が脱北者女子大生とたどる旅

チュ・サンミは、2003年にミュージカル「若いベルテルの悲しみ」で共演した夫イ・ソクジュンと結婚4年目に第一子を授かり、出産・育児を機に女優活動を休んで大学院に通い監督を目指して本格的な演出を学びはじめた。そんな折に、飢餓の苦しみに泣き叫ぶ北朝鮮のホームレス少女の映像を観て母性の痛みが深くうずいた。また、ポーランドの作家ヨランタ・クリソヴァタ女史の原作をもとにプワコビツェ村に一人だけ残った戦争孤児のドキュメンタリードラマに触発されたチュ・サンミは、脱北者の青少年たちをメインに劇映画づくりに取り組む。

端役のオーデションに40人ほどの脱北者学生たちが応募してきた。さまざまに苦難を乗り越えトラウマのように心の重荷と向き合いながら自己表現しアピールする若者たち。最初は劇映画の脚本づくりに取り組んでいたチュ・サンミだが、進めるうちに北朝鮮の孤児たちを世話した村人や教師たちの証言をいま撮っておくドキュメンタリーを優先して撮ろうと決心する。チュ・サンミは、生きるために肉親離れ離れになり脱北してきた若者たちのなかから、4年前に脱北し大学生卒業後は俳優を目指しているイ・ソンに声をかけポーランドに同行させた。

当時、孤児たちの寄宿学校の責任者ヨゼフ・ボロヴィエツさん ©2016. The Children Gone To Poland.

1951年、北朝鮮の300人の戦争孤児たちが、ワルシャワ近郊のシュヴィデルに移送された。金日成は、彼らを将来のリーダーに育成するため共産思想のエリート教育を受けさせる。一方で’53年、ロシアに放置されていた戦争孤児たち1270人をポーランド南西部の田舎プワコビツェ村に移送する。森に囲まれた村に今は廃線になっている貨物線を汽車で到着した子どもたち。服装はお仕着せながらきちんとしているが髪はシラミがたかり、寄生虫を持った子たちが多かった。事情が分からないまま異国・ポーランドに連れてこられ、不安のなかで最初は心を開かなかった孤児たち。村人や教師たちは、自分たちをおじさん、おばさん、先生ではなく「パパ」「ママ」と呼ばせてできるだけ親しく接し、健康回復と家族的な環境をつくり孤児たちの心を癒していく。だが、夜は北朝鮮から同行してきた教師たちが宿舎で金日成の神格化と主体思想を教えていた。

チュ・サンミ監督とイ・ソンの取材を温かく迎える高齢になったプワコビツェ村の人たち。イ・ソンが北朝鮮から家族と離れ逃れてきたことを知ると目に涙を浮かべてハグする。彼らは、’59年に、孤児たちが突然北朝鮮に帰還する命令を受け、苦渋の別れをしなければならなかった当時の涙は未だに渇いていない。その時の切ない思いを語る人たち。また、チュ・サンミは、映画づくりへの刺激を受けた作家ヨランタ・クリソヴァタとの面談がかなった。だが、彼女から驚きの新事実を聞かされる…。

韓半島とポーランド
繋いだ「傷の連帯」

北朝鮮の戦争孤児たちを受け入れ、学校で教え、家族的な交わりで受け入れたプワコビツェの人たち。ブロニスワフ・コモロフスキ元大統領は「母は2年間、孤児たちの音楽教師として教えていた」とチュ・サンミ監督に証言する。家に孤児たちを招いて母のピアノ伴奏でよく歌っていた」と楽しい思い出話をする元大統領。近くの村の子どもたちととも遊ぶように気遣っていたプワコビツェの人たちは、「嘘のない心で孤児たちの命を愛した」。その心と行為の源泉をチュ・サンミ監督は「傷の連帯」とナレーションの中で表現する。ポーランドも韓半島も、近隣の国々からの侵攻で国が分断され苦渋を強いられた歴史を背負ってきた。第二次世界大戦では、ナチス・ドイツが侵攻し理由もなく銃で撃たれる状況は日常茶飯。強制収容所へ送られ親子が引き離された経験を持つ村人にとって、孤児たちの心の傷は自分たちの経験でもあった。イ・ソンはじめオーディションに応募してきた脱北者学生たちは、飢餓から逃れ生きるために家族から離れ国を脱出してきた。70年前の戦争孤児たちと現代の脱北学生たちも「傷の連帯」に繋がっている。

チュ・サンミ監督は、本作の日本公開に向けて、「日本の観客の皆さんも、韓国・北朝鮮の隣国の市民として、またウクライナ問題が起こっている同時代の世界市民として、『ポーランドへ行った子どもたち』を見て、『傷の連帯』を感じてもらえればと願います。世界のどこかで今も起こっている、子どもたちに向けられたすべての『暴力』がなくなることを祈っています」とコメントを寄せている。 【遠山清一】

監督:チュ・サンミ 2018年/78分/韓国/映倫:G/原題:폴란드에 갔던 아이들、英題:Children Gone to Poland 配給:太秦 2022年6月18日[土]よりポレポレ東中野ほか全国ロードショー。
公式サイト http://cgp2016.com
公式Twitter https://twitter.com/cgpoland2016

*AWARD*
2018年:釜山国際映画祭出品。金大中ノーベル平和映画賞受賞。 2019年:春川映画祭審査委員特別賞受賞。ソウル国際サラン(愛)映画祭基督映画人賞受賞。 2020年:大阪アジアン映画祭特集企画《祝・韓国映画101周年:社会史の光と陰を記憶する》上映。 2021年:座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル出品作品。