女は工具店で手斧を買い求める… © El Deseo D.A.

原作は、フランスの詩人・小説家で演劇・映画監督など幅広い分野で活躍したジャン・コクトー(1889年7月5日~1963年10月11日没)が、1930年に書いた戯曲「人間の声」(La Voix humaine)。彼から別離を告げられた女性の孤独感と絶望へ苛まれていく葛藤の呻きをソプラノ歌手が演じる一人オペラ。コクトー自身が初演の演出と舞台美術を担当した。植民地時代末期の閉塞感が1929年の株式市場破綻に端を発した世界の経済危機の悪化と全体主義が台頭しはじめた時代の戯曲を、スペイン人のペドロ・アルモドバル監督は物語の大筋を基に現代の孤立と男女の欲望を捉えながら大胆かつ自由に英語劇として演出した作品。独裁的な全体主義を背景に世界的な経済危機を引き起こしている戦争、孤立化へ閉じ込められつつある現代の情況でも生きる意欲へのメッセージが伝わってくる。

突然、愛するものから
捨てられた女と飼い犬

ひとりの女(ティルダ・スウィントン)が、元恋人のスーツケースの横で、ただ時が過ぎるのを待っている。(元恋人はスーツケースを取りに来るはずが、結局姿を現さない)また、そこには、主人に捨てられたことをまだ理解していない落ち着きのない犬(ダッシュ)がいる。捨てられた人間と犬。女は待ち続ける3日間、一 度しか外出しない。そして、その外出で斧と缶入りのガソリンを買ってくる。

女は無力感に苛まれたり、絶望したり、そして理性を失ったりと、様々な感情を体験する。まるでパーティーにでも行くかのようにおしゃれをし、ベランダから飛び降りることを考える。そこに元恋人から電話が入る。だが数種類の薬を 13 錠も飲んだ女は、意識を失い電話に出られない。犬に顔をなめられ、ようやく目を覚ます。女は水でシャワーを浴び、暗い心を象徴するような濃いブラックコーヒーを一杯飲んで蘇ったところで、再び電話が鳴り、今度は電話に出る。

元彼との電話のあと、何かを決意した女は… © El Deseo D.A.

電話の向こうで元恋人が何を話しているのかは聞こえてこない。聞こえてくるのは男と会話する女の声のみ。女は、元彼と暮らした4年間の生活や共に携わった仕事のことやいつもは帰って来たのに3日間待ったことなどを平静を装って語っている。だが、元彼が部屋に残したスーツケースを自分ではなく使いを取りに行かせると告げると、女は男の偽善と意地の悪さに怒りが爆発寸前状態になる…。

監督:ペドロ・アルモドバル 2020年/30分/スペイン/英語/映倫:G/原題:The Human Voice 配給:キノフィルムズ 2022年11月3日[木]よりヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、新宿シネマカリテほか全国順次公開。
公式サイト https://pm-movie.jp/ (「パラレル・マザーズ」と同じサイト)