映画「セールスマン」―― 聖書の訪問販売ドキュメンタリーから見える米国消費社会の実体
1960年代末のアメリカ。カトリック系聖書販売会社4人のセールスマンの訪問販売活動を同行撮影したドキュメンタリー映画。アルバート&デヴィッド・メイルズ兄弟とシャーロット・ズワーリンが監督・撮影・編集を行った本作は、聖書を訪問販売するカトリック系聖書販売会社の4人のセールスマンを同行取材し、顧客とのセールスを直接的観察的に捉えていく。まるでカット割りした撮影かと思わせるほど表情や所作を撮影し、ナレーションやBGM、説明テロップもなく観る者をセールスしている現場へと引き込んでいく‟ダイレクトシネマ”手法の潮流を確立させた代表作。何をモチベーションに聖書の訪問販売ビジネスに就いているのか。また、信仰の基である聖書を商品に訪問販売を受けた信徒たちの応対はどのようなものか。聖書をビジネス商品にしてセールスマンを送り出す企業スピリットはどのように表現されているのだろうか。聖書の訪問販売を媒体にアメリカ消費社会の実体が透けて見えてくる。
聖書は読むことにも売ること
にも幸福と喜びを与える…
「聖書は世界で最も売れている書物ですよ」と語りながら金箔美装の聖書を開き、カラー挿絵がある聖書物語のいくつかをめくるポール・ブレナン(通称:アナグマ=写真上)。価格は49・95ドルと高価。豪華な聖書のセットを前に思案する女性。ポールは、現金が無理ならクレジットかカトリック名誉プランを使っての購入も可能です、と畳みかける。女性はリビングにいる子どもがピアノを弾き始めたのを咎めたのを機に、「いい聖書だが、優先して支払わなければならないものがある」と断る。
ポールの販売拠点はボストン近郊。チームはセールスマネージャーのケニーと同僚はチャーリー(ギッパー)、ジェームズ(ウサギ)、レイモンド(ブル)たち。教会の協力を得て届いた興味を示した顧客のリストを基に一軒一軒訪問。一日のセールスを終えると宿舎のモーテルに戻り、販売件数や集金した頭金など成果をチームのボスに報告。顧客とのやりとりを分かち合っ、地域性や販売への対応などを探る。3件売り上げたものもいるが、この日のポールの成績は1件だった。「今度は4冊セットを売ってやる」と自らを鼓舞するポール。
シカゴの本社で研修会が行われた。昨年の実績を報告し今年の目標を謳い上げる成功組セールスマンたち。一方で成績が振るわず解雇された人数も発表される。豪華な聖書を監修した神学博士でもある副社長は「このビジネスは…聖書を売ることにも読むことにも幸福があり、まさに聖書に出てくる“父の家(ビジネス)”なのです。」と、顧客に幸福を届けているのだと煽る。ポールのチームのボス、ケニーは「聖書が売れないのは、自分の責任だ」と手綱を締める。
優秀な成績を上げていたポールだがフロリダ遠征では、貧しい生活層の地域で居留守やお金がないと門前払いでまったく成績が上がらない。同僚たちにも愚痴ばかりになる。信徒の信仰生活に強引なセールストークで聖書を売ることや先の見えない情況に、ポールは自分の生き方を考え始める…。 【遠山清一】
監督:アルバート・メイズルス、デヴィッド・メイズルス、シャーロット・ズワーリン 1969年/91分/アメリカ/英語/白黒/ドキュメンタリー/原題:SALESMAN 配給:東風、ノーム 2022年11月26日[土]より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。
公式サイト https://www.tofoofilms.co.jp/salesman/
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