豊橋本店の隣にできた焼き菓子専門の新店舗スタッフたち (C)東海テレビ放送

愛知県豊橋市松葉町の商店街ときわアーケード内にある本店はじめ日本各地に40店舗、52拠点(2022年8月現在)を展開している久遠チョコレート。570人ほどの従業員のうち6割は心や体に障がいがある人たちで、ほかに子育てなどでフレックスな就業時間でないと勤めるのが難しいシングルペアレントや自分のアイデンティティを大切にしたいセクシャルマイノリティ、引きこもりの悩みを抱える若者など多様な人たちが特性を活かしながら働いている。そうしたユニークな事業展開を進める久遠チョコレート代表の夏目浩次さんがチャレンジする理想を現実化する現在進行形のドキュメンタリー。

チョコレートは失敗して
も温めればやり直せる

久遠チョコレートの看板商品の「QUONテリーヌ」は、150種類以上もある。ツヤだしのための植物性油脂などは使用せず、カカオだけでじっくり仕上げている。開業は2014年で、北海道から鹿児島まで全国に52の拠点があり、年商16億円までに成長している。代表の夏目浩次さんは、障がい者雇用、そして彼らへの適正な賃金の支払いにこだわってきた。チョコレートなどを製造する豊橋工場では、愛知県の最低賃金である時給955円を超えている。豊橋工場で、手先が器用なことを活かして飾りつけなどを担当している匹田望さんは、子どものころに自閉症と診断された。18歳のとき、一般企業への就職がうまくいかず、福祉施設に通っていた。現在の月給は15万円。均一のサイズでチョコレートを絞り出す作業中、匹田さんは「大きすぎてもまた作り直せば大丈夫です」と言う。

夏目さんが、さまざまな障がい者や働きたくてもさまざまな制約をもっている人たちでも自由に在りのままの自分を活かして働ける職場づくりをはじめたのは2003年のこと。当時23歳の夏目さんは、一般企業を退職して障がいをもつ3人を含む6人のスタッフで小さなパン工房「花園パン工房 ラ・ばるか」を開業した。きっかけは、バリアフリー建築を学んでいた大学院時代に、障がい者の賃金あまりにも低いのを知ったことだった。「仕方なくないよって。実際に現場を作っていかんと説得力がない」と思い、従業員みなに県の最低賃金を上回る賃金を出すことを目標に掲げた。その後もいくつかの事業を障がい者福祉事業を展開したが、和のチョコレートを生み出したショコラティエ野口和夫さんとの出会いを得て2014年に久遠チョコレートを立ち上げた。トップショコラティエの野口和男さんが「トップショコラティエなら、いろんなことが一人でできないといけない。でも、よくばらないで一人がひとつ、プロになればいい」と教えてくれた。そこで、チョコレートを作る複雑な作業工程を細かく分けてみた。こだわりと集中力が肝心な、カカオを溶かして練るテンパリング。フルーツのカットやラッピングをするには、手先が器用であること。スタッフそれぞれの特性を活かすアイディアが生み出されていった。

はじまりは「障がい者のため」の久遠チョコレートだったが、年老いた親を介護中の人やシングルペアレントなど誰もが働きやすい職場環境が作られていくうちに、従業員の9割が女性と障がい者になっていた。自分の性のアイデンティティに違和感を持つ通称まっちゃんは、洋菓子の専門学校を卒業後に一度はケーキ屋に勤めたが、心ない言葉を浴びせられ退職した。だが「もう一度やってみたい」と履歴書の性別欄の「男」にチェックを入れて久遠チョコレートの面接を受けた。夏目さんはそれとなく聞いたうえで採用。通称まっちゃんは「自分が女性であることを伝えられて気が楽になった」「ここでは隠さなくっていいんだ」と、微笑む。

中央に代表の夏目さん。 (C)東海テレビ放送

いまでは障がい者に寄り添っていく職場環境づくりが伸展しているが、かつてのた夏目さんは努力すれば障がいは乗り越えられるという姿勢に近かった。その姿勢についていかれない人たちもいる。そうした気になる人や悔悟の情を消せない人たちも存在する。また、夏目さんは、その人本人を観て採用することを重視し、キャリア優先には採用していない。時として、大量に受注を受けたが工程管理の甘さから納品が危ぶまれる緊急事態を招いた…。

理想と現実のはざまを
もっともがき続けたい

パン工房からスタートした草創期には、夏目さん夫妻の給与は出ず、銀行の借り入れもできずにカードローンで1千万円の借金を抱えた時期もある。それでも、自分たちの事業は社会を変えられると信じ、理想を現実化しようと走り続けている。多種多彩なハンデキャップをもつスタッフたちといっしょに「もっと、もがきながら進んでいきたい」という。さまざまな食材とマッチし、失敗しても何度でもやり直しが利くチョコレートのような環境づくりへのチャレンジを目の当たりにして、その生き方に励まされる。【遠山清一】

監督:鈴木祐司 2022年/102分/日本/ドキュメンタリー/ 配給:東海テレビ、配給協力:東風 2023年1月2日[月]より、東京・ポレポレ東中野、大阪・第七藝術劇場、愛知・名古屋シネマテーク、ユナイテッド・シネマ豊橋18、福岡・KBCシネマほか全国順次公開。
公式サイト http://www.tokaidoc.com/choco/
公式Twitter https://twitter.com/tokaidocmovie
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*AWARD*
2021年:日本民間放送連盟賞テレビ部門グランプリ受賞(テレビ版)