コミュニティーに残るべきか、危険を回避するため立ち去るべきか…。 (C)2022 Orion Releasing LLC. All rights reserved.

国連が1975年に「国際女性年(もしくは婦人年)」を宣言し、3月8日を国際女性デー(International Women’s Day)に制定してからほぼ半世紀。ジェンダーにもとづく偏見や女性の地位向上への論議などさまざまな不平等に社会的関心が高まるなか、人が自らの尊厳を守るための根本的な問いを啓発し、今年3月に米国アカデミー賞脚本賞(サラ・ポーリー監督・脚本)を受賞した注目の作品「ウーマン・トーキング 私たちの選択」が6月2日から全国公開される。

原作は、2005~09年にかけて南米ボリビアのメノナイト系コミュニティで実際に起きた幼女から60代にいたる多数の女性レイプ事件を取材したカナダの作家ミリアム・トウズの同名の小説(2018年刊)。同じカナダ出身のサラ・ポーリー監督は、脚本化の意図を「私はこの映画を寓話の世界として描きました。ある特定の小さな宗教コミュニティーが舞台ですが、作品に提示される疑問を普遍的なものとして感じてもらえる物語とするためには、大きなキャンパスに広い視野で描くことが必要だと感じたのです。」と語っている。おぞましい情況から自分たちと子どもたちの命を守るため未来に向かってどうするか。投票で得た結果について選ばれた三つの家族(それぞれの家から祖母、娘、孫の世代)による対話劇は、互いの想いを聴き意見を交わすことのかけがえのない時を演出。異なる価値観や世代が語り合う姿はある種ユートピア的な情景を見事に描き出している。

実話を基にした問い掛け
闘うか、退去か、赦しか…

物語は2010年のアメリカ。移民時代の生活様式を守り、聖書から独自の戒律と自給自足で暮らす、あるキリスト教一派の小さなコミュニティー。男性中心の生活習慣と伝統は、学校教育さえ男子のみに許されている。女性は、読み書きも教えられず、ただ聖書からの話しと祈り、家事仕事に励む日々を送る。

だが、少女たちの肉体に次々と異変が起こる。朝目が覚めると、就寝前には無かった青あざがついている。レイプされた跡にショックを受け叫び声が挙がる。妊娠した女性やショックで自殺した女性もいる。女性たちが長年続く異常な出来事を村の牧師や男たちに訴えるが、女性たちの作り話だと受け流されたり、悪魔の仕業だと言われて取り合わない。ところが、ある夜。寝室に忍び込んできた青年に気づいて大声を挙げたことから、現行犯が判明したことから次々に犯人の男たちが警察に逮捕された。それでも、男たちは、加害者たちの保釈を求めるため2日間かけて町へ出かけて行った。

記録係を務めたオーガスト(左端)、オーナとサロメ姉妹 (C)2022 Orion Releasing LLC. All rights reserved.

女性たちは、全員納屋に集合してどうするかを投票で決めることになった。学校の教師をしているオーガスト・エッブ(ベン・ウィッショー)が記録係として唯一の男性として参加を赦された。オーガストは、一度コミュニティーを出て大学で学んで帰郷した変わり者。女性たちは文字は読めないため「1.男たちを赦す」「2.村に留まり男たちと闘う」「3.村を出ていく」の三択をアイコン化する。投票の結果は、「1.男たちを赦す」は少数で、「2.村に留まり男たちと闘う」と「3.村を出ていく」が同数。時間が限られているため、最年長のアガタ(ジュディス・アイヴィ)一家とグレタ(シーラ・マッカーシー)一家の8人の祖母、娘、孫、姪たちの話し合いの結果に任せられた。

話し合いの場を去るとき、「男たちを赦して、何もしない」派の代表格としてスカーフェイス・ヤンツ(フランシス・マクドーマンド)が、赦すことは聖書の教えであり、背くとコミュニティーから破門され、天国に行かれないと、コミュニティの信仰を訴える。一方、アガタの下の娘サロメ(クレア・フォイ)やグレタの娘メジャル(ミッシェル・マクラウド)は、怒りを露わにし男たちと闘うことを主張する。メジャルの姉マリチェは夫と子どもがあるからか(男たちと)闘いたいが赦さざるを得ない、とあきらめたように吐露する。アガタの上の娘オーナ(ルーニー・マーラ)は、性被害者の一人で誰ともわからない男の子どもを妊娠しているが、女性たちの議論を冷静に聞いている。だが、加害者への怒りは、犯行へ駆り立てた男性社会のリーダーたち、それを見過ごし容認してきた自分たちへも向いていく。夜になりマリチェの夫が町から帰って来た。日が変われば町へ行った男たちが加害者の身柄を引き取り帰ってくるだろう。コミュニティーを出るにしても女性だけなのか、幼児と思春期の男の子たちはどうする。安全な場所への一時の非難なのか、暴力と無理解から逃げることなのか。決断すべきときが迫っているなか、一つの想いへ向いていく…。

人は男と女とに創造された
神の似姿としての尊厳とは

サラ・ポーリー監督は、「ある特定の小さな宗教コミュニティーが舞台ですが、作品に提示される疑問を普遍的なものとして感じてもらえる物語とするため」寓話としたことは成功しているといえる。女性たちの対話劇のなかには、性暴力への危機的な情況の中でも激論だけでないユーモアと機知に富んだ会話に現実味が醸し出されている。現実の危機感からの脱出という意味合いだけでなく、尊厳と命を守る先に子どもたちの未来をも見据えていく。それは「壊れた世界をいかに立て直すかという話し合いが持つ、終わりのない潜在的な力と可能性を、すべてのフレームで感じたかった」と語るサラ・ポーリー監督が描く物語のメッセージなのだろう。

本編には描かれていないが、神は人を男と女に創造された(創世記5:1~2)。女性は男性の付属物であるかような考えは、ここにはなく対等な関係を聖書に教えられる。赦しも独自な解釈の行き過ぎかどうか自己吟味の大切さを思わされる。【遠山清一】

監督・脚本:サラ・ポーリー 2022年/105分/アメリカ/映倫:G/原題:Women Talking 配給:パルコ、ユニバーサル映画 2023年6月2日[金]よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷ホワイトシネクイントほか全国公開。
公式サイト https://womentalking-movie.jp
公式Twitter https://twitter.com/womentalking_jp

*AWARD*
2023年:第95回アカデミー賞脚色賞受賞、作品賞ノミネート。第80回 ゴールデングローブ賞最優秀脚本賞(サラ・ポーリー)・最優秀作曲賞(ヒドゥル・グドナドッティル)ノミネート。