左からポーランド人のカリノフシカ家、ウクライナ人のモストーレンコ家、ユダヤ人のシュコヴィッツ家の3家族 (c)ministry of culture and information policy of ukraine, 2020 ? stewopol sp.z.o.o., 2020

クリスマスの家族旅行に行きそびれたケビン少年と留守宅狙いの二人の強盗とのコメディ映画「ホームアローン」で、美しい旋律が世界に広まった挿入曲“キャロル・オブ・ザ・ベル”。この歌の原曲は、新年を迎える伝統的なウクライナ民謡“シチェドリク”。この曲にこだわり本作を撮ったモルグレッツ=イサイェンコ監督は、「この歌は“ウクライナ人、ウクライナ語、ウクライナ文化が存在している”という何百年前から伝わる民謡です。『ホーム・アローン』の影響で多くの人はアメリカの歌だと思っていましたが、本当は『ウクライナ人が存在しているよ』と世界に叫んでいる歌なのです」と語る。

第一次大戦がはじまる前後の数年間、当時ポーランド領スタニスラヴィウ市(現ウクライナ・イバノフランコフスク市)でユダヤ人、ウクライナ人、ポーランド人の三家族の平和な暮らしが打ち砕かれていく。 ソ連とナチス・ドイツによる相次ぐ占領に翻弄され、人種偏見からの迫害と虐殺のなかをウクライナ人一家は、隣人の子どもたちと自分の娘を救おうとう懸命に生きていく。ウクライナ人の母親から教えられたこの歌は、「みんなにいいことが起こる歌だ」と信じて歌い続ける少女と、民族・文化の異なる三家族が心の絆を一つに結んでいく物語。

みんなにいいことが起こると
信じて歌い続けた“キャロル”

1939年1月、ポーランド領スタニスワヴフ(現ウクライナ・イバノフランコフスク市)のユダヤ人弁護士イサク・シュコヴィッツ(トマシュ・ソブチャク)の家族とメイドが住む家に、ウクライナ人音楽家一家のミハイロ・モストーレンコ(アンドリー・モストレーンコ)とポーランド軍将校ヴァツワフ・カリノフシカ(ミロスワフ・ハニシェフスキ)一家の二家族が入居してきた。イサクは妻ベルタ(アラ・ビニェイエバ)と娘ディナ(エウゲニア・ソロドブニク)、タリア(ミラナ・ハラディック)の4人家族。ミハイロは妻ソフィア(ヤナ・コロリョーバ)と娘ヤロスラワ(ポリナ・グロモバ)の3人家族。ヴァツワフは妻ワンダ(ヨアンナ・オポズダ)と娘テレサ(フルィスティーナ・オレヒブナ・ウシーツカ)の3人家族。それぞれユダヤ教、東方正教、カトリックと宗教も生活文化も異なる。

イサクの妻ベルタは、モストーレンコ夫妻とカリノフシカ夫妻が互いに挨拶もしていないことを杞憂する。20年前、独立国だった西ウクライナはポーランドに占領された因縁がある。だが歳の近いヤロスラワとテレサは子ども同士すぐに仲良しになり、歌が好きでよく遊ぶ。ヤロスラワは、母ソフィアから教えられてきたキャロル“シチェドリク”を「みんなにいいことが起こる歌」と信じている。ソフィアにとってもミハイロと出会ったキウイの音楽学校で恩師の作曲家ミコラ・レオントヴィチが民謡“シチェドリヴカ”を基に編曲したこのキャロルを大切に教えてきた。公現祭の夕方、テレサたち家族の前で“シチェドリク”を独唱して夕食会に招待した。ミハイロは、「(ポーランド人は)どうせ来ないだろう」と高をくくていたが、テレサと両親は少し遅れて夕食会にやってきた。ぎこちない雰囲気が、仮装してこの歌を歌うヤロスラワとテレサ、ディナらの合唱で一気に場が和み、三家族の関係は子どもたちをとおして打ち解けていく。

ナチスドイツの後はソビエト軍が町を占拠してソフィアに子どもたちの出自を質しに来る… (c)ministry of culture and information policy of ukraine, 2020 ? stewopol sp.z.o.o., 2020

三家族の協力は、ソ連軍が町に侵攻してきたことで一層深まる。軍人のヴァツワフは戦線へ赴き、家に残ったワンダとテレサ。やがてソ連軍が町を占拠し国旗を掲げるとポーランド人への迫害が始まる。突然やって来たソ連軍兵士に、ワンダは連行されるが、テレサの出生証明書を隠し、テレサの保護を耳打ちする。ソ連兵がテレサを指して「誰の子だ」と追及すると、ソフィアは機転を効かせて「私の子」だと答え手元に留めた。’41年夏になるとドイツ軍が町を占領し、ユダヤ人のイサクとベルタ夫妻にも出頭命令が届いた。ミハイロとソフィアは、ディナとタリアの娘二人も連れていこうとするイサクたちに、「帰宅するまで預かる」と進言し手元に引き留めた。イサクとベルタの胸騒ぎは的中し、二人は帰宅できまま居住区へと移送された。

ソフィアは、ヤロスラワと隣人の娘たちの4人を護り、何があっても生きようと決心する。ユダヤ人とみれば子どもでも連行するドイツ兵からディナとタリアを匿う緊張の日々。だが、夫ミハイロがナイトクラブで演奏しながらドイツ抵抗運動に関係していることにもうすうす勘付いている。そんなある日、ドイツ軍将校一家がこの家に仮入居してきた…。

子どもたちを護るソフィアの願い
「なにがあっても、生きる。」

本作の撮影はコロナ禍が激しくなる前に撮り終わり、ロシアによるウクライナ侵攻前には作られていた。本編のドイツ、ソ連相互からの侵攻によって陥れられるさまざまな危機的情況には、どのシークエンスにも緊迫感が伝わってくる。それらは脚本家クセニア・ザスタフスカの祖母の体験に基づいているという。これまでドキュメンタリー作品を手掛けてきたモルグレッツ=イサイェンコ監督にとって2作目の長編劇映画。前作のドキュメンタリーでは第2次大戦中のウクライナとポーランドの関係やナチスドイツやソ連によってウクライナば破壊されてきた史実も描いた。監督は、そうした戦争の中で「女性や子どもたちは常に戦争の人質です」という。監督自身、本作の製作に入る前に母親となり、女性として母親として子どもたちの目線で命と未来の大切さを描いている。ソフィアが、押し寄せる危機と緊迫感の中で子どもたちに「なにがあっても、生きる。生かしたいの」と覚悟を吐露する心情が痛く伝わってくる。
ロシアによるウクライナ侵攻が起こる空気はウクライナの多くの人が感じ取っていたという。監督自身も侵攻が始まる1カ月前には、いつ戦争が起きても逃げられるように荷物をまとめていたという。本作が、昔の物語というだけではなく、この歌に力を得て闘いを強いられている人たちの“いま”を想わされる。【遠山清一】

監督:オレシア・モルグレッツ=イサイェンコ 2021年/122分/ウクライナ=ポーランド/映倫:G/原題:Carol of the bells 配給:彩プロ 2023年7月7日[金]新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、池袋シネマロサ、アップリンク吉祥寺ほか全国ロードショー。
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