7月16日号1面:軍事情勢と信仰の核心問う『戦争と平和主義』刊行記念で各氏講演
神田氏
『戦争と平和主義―エキュメニズムの目指すところ』富坂キリスト教センター編、いのちのことば社
ロシアによるウクライナ侵攻、「ハイブリッド戦争」など、現代の世界情勢を分析しつつ、平和主義のルーツと可能性をさぐる『戦争と平和主義―エキュメニズムの目指すところ』(富坂キリスト教センター編、いのちのことば社)が今年3月に刊行した。執筆陣による出版記念会が7月1日、東京・千代田区のお茶の水クリスチャン・センターで開催され、刊行以後の情勢や執筆の背景を掘り下げた。【高橋良知】
同書は富坂キリスト教センターが2019年より開始した共同研究「兵役拒否・平和主義・エキュメニズム」の成果だ。聖書学、宣教学、歴史学、国際政治学など様々な専門家が参加した。14年のロシアによるクリミア併合以後の緊張が動機の一つだったが、22年のウクライナ侵攻によって、内容の大幅な修正を余儀なくされた。担当主事の原真由美氏(関東学院大学非常勤講師)は「宗教、教派、国境、時代、ジェンダーを超えたエキュメニズムの視点での研究が、対話と連帯につながることを願う」と述べた。
石田学氏(日本聖書協会理事長)は、聖書における「怒り」や「報復」に関する記述に注目し、韓国の「民衆神学」との対話を試みた。その背景として、韓国、カンボジアの訪問、アジアの神学校教師との対話があったことを明かした。「被害の歴史は世代をこえて恒久的に語られる。一世代で簡単に加害者を赦せるものではない」と実感したという。
同研究座長の神田健次氏(関西学院大学名誉教授)は、第二次世界大戦の反省をもとに始まり、平和主義が根底にある世界教会協議会(WCC)の取り組みを語った。今年就任したジェリー・ピレーWCC総幹事が、5月にモスクワ、キ―ウ双方を訪問したことも紹介。ドイツの教会で、ウクライナへの武器提供を支持する動きがあることに触れつつ、「6月に開かれたヨーロッパ教会協議会の総意は平和をつくるというもの」と語った。
「キリスト教平和主義の論点―アナバプティズムの視点から」を担当した矢口洋生氏(仙台白百合女子大学人間学部教授)も駆け付けて挨拶した。「『平和』はキリスト教信仰の核心に触れるもの」と強調した上で、「日本の『戦争のない状態』は続かない」と考える学生たちの様子も語った。
佐々木陽子氏(元・鹿児島国際大学福祉社会学部教授)は、「明治期近代化しても『徴兵逃れ』が当たり前だった日本の風潮が、『名誉の戦死』をたたえ、靖国神社に『英霊』として一まとめにされる『狂信的精神主義』に変わったのはなぜか」と問題意識を提示。戦争体験者が敗戦時に経験したパニック状態など、証言を紹介した。
原氏は、神道を研究したD・C・ホルトム宣教師に注目した。ホルトムの成果は、戦後の「神道指令」に反映された。「神道指令」の不徹底な部分を指摘するとともに、男女の同権や権威主義的な精神構造など、現代に続く課題を挙げた。
戦時、日常の区別あいまいに
左上から石田、原、矢口、佐々木、木戸、小西の各氏
木戸衛一氏(元・大阪大学大学院国際公共政策研究科教授)は、6月にNATO史上最大の空軍演習をドイツ主導で実施、ドイツ初の「国家安全保障戦略」も作成された、などの動向を報告。「敵か味方か、それ以外の選択肢を許さない風潮は戦時社会と言える」と指摘した。平和運動でも「武器なしの平和」よりも「より多くの武器で平和」という声が拡大しているという。6月のドイツ福音教会大会に、ドイツ軍総監が登壇したことにも触れた。
中西久枝氏(同志社大学グローバル・スタディーズ研究科教授)は「戦争と平和の境界線が、明確でない」と実感を述べた。ロシアのワグネルで注目された「民間軍事会社」について、国家単位ではない戦争犯罪の規制が難しい、という世界の現状を語った。米国の民間軍事会社の戦争犯罪が問われないことにも疑問を呈し、市場経済化した戦争の実態を概観した。
またサイバー空間を利用した「ハイブリッド戦争」にも言及。「外注を受けたエンジニアがつくったソフトウエアが、いつの間にか戦争に使われるなど、文民が戦闘員のようになってしまうことが起こりうる」と危惧した。
民主主義陣営を防衛するために、ウクライナに武器供与するNATOの、正義の基準、誰の人権を守るのか、といった問いも提示した。
質疑応答ではNATOの問題や、敵とともに「平和をつくる」あり方に言及があった。神田氏は、「東アジアの研究者の視点も取り入れて、共同研究したい」と今後に期待した。
執筆者はほかに山口陽一氏(東京基督教大学学長)、クリスチャン・モリモト・ヘアマンセン氏(関西学院大学法学部教授)がいる。
(2023年07月16日号 01面掲載記事)