11月26日号1面:石巻オアシス教会創立10周年 宮城県教会懇親会 つながりに助け支えられ
石巻オアシス教会(趙泳相牧師)=宮城県石巻市吉野町2ノ2ノ31=の創立10周年を記念し、宮城県教会懇親会が11月11日、同所で行われた。テーマは「被災地教会の現況と展望を共有する」。当日は、宮城県の被災地で宣教・牧会する4人の牧師が発題した。【中田 朗】
最初に、大友幸一氏(保守バプ・塩釜聖書バプテスト教会開拓担当牧師、宮城宣教ネットワーク〔MMN〕代表)が発題。宮城県では、東日本大震災の津波により被災した宮城県沿岸部を五つのブロックに分け、宣教ネットワークを構築。その結果、2023年10月現在で新規教会数28、既存教会の移動5、新設支援センター3、計36の宣教拠点があると報告。ブロックごとの状況を説明した後、今後も宣教をメインテーマとするネットワークを継続していく上で、⑴伝道・教会形成に関わる研修会、⑵各ネットワークの分かち合い・情報交換、⑶宣教ネットワーク構築のお手伝い、の必要性を強調。「これは思い付きではなく、使徒時代の教会形成がモデルだ。皆が協力して行えれば、各地で宣教が進んでいくと思っている」と語った。
中澤竜生氏(宣証〝地域支援ネット架け橋〟代表、東北ヘルプ理事)は震災後、東松島市の小学校の体育館で津波で亡くなった母親の遺体を前に泣き叫んでいる2人の女の子を目にし、「イエス様を知らない人のところに足を運び、支援を続ける決意をさせられた。私の場合、それは教会のない南三陸だった」と語る。
被災地の牧師らと協力し、12年から毎年3月11日に開催している「愛と希望のコンサート」にも触れ、「一人では大変でも、力を合わせていけば変化をもたらすことができる。亡くなられた人たちの分まで、イエス様の福音が伝わっていけばいいなと思っている」と話した。
岸浪市夫氏(アメイジンググレイス・ネットワークミッション代表)は、牡鹿半島での宣教について語った。「栗原市から100キロ、往復200キロだが、『人の子は、失われた者を捜して救うために来たのです』(ルカ19・10)の御言葉が、私を押し出した。『福音を語りイエス様を信じましょう。天国に行く事ができます』と言うと、イエスの十字架の隣にいた強盗のように素直に信じる。主が導いた所にイエス様を信じる人が起こされると実感した。震災後12年間で240人の方が信じると告白した」
「教会があって良かった。仕事、家族、命について、教会はなんでも答えを持っている、便利だ!」と言う地域の人々にアガペーを示すため、『コンビニである教会』を目指し牡鹿半島に10万円でプレハブを買った」と喜んだ。
伊藤治哉氏(石巻希望の家牧師)は、1年7か月前に、石巻に派遣された。「この年齢(63歳)の私が、本当に神様の使命を全うできるのか、と思った。家の教会でクリスチャンはゼロ。それでも自分の賜物を用いて、一人でも多くの人が救われるようやってきたが、空回りも多かった。右も左も分からなかったが、石巻の横のつながりに助けられ、それが支えにもなった」
今は東松島アメイジング・グレイスセンターと協力してイベントをしていると言う。「横山あかり伝道師が、『一緒にキャンプをしよう』と。子どもたちがたくさん来た。希望の家も知ってもらえ、芝生の駐車場に、平日土日問わず、子どもたちが遊びに来るようになった。本当に教団教派を超えたつながりは素晴らしいと思っている」と感謝した。
(2023年11月26日号 01面掲載記事)