‟青い淵”の畔にたつお葉(華村あすか) (C)長良川スタンドバイミーの会

2011年3月11日の東日本大震災から太平洋沿岸の東北各地を襲った大津波。また、2024年1月1日に起きた能登半島沖大地震からの大津波による大災害によって大自然への想いをあらためて覚醒させられた。金子雅和監督が長良川流域を遡り自然光の中で撮影した映画「光る川」は、そうした現代人が忘れかけている自然への畏怖や人間の根源にある生命力を、岐阜県内をロケーションした圧倒的な実景撮影と民俗学・美術に裏打ちされた世界観で描き出す作品として国内外から注目を集めている。この映画は、無垢な少年の眼差しを通して、現代化への分岐点となる高度経済成長期と、人々が自然への畏怖を抱いていた300年前の時代とが邂逅する物語。

自然と魂への畏敬と経済成長
へ傾注する都市文化との相克

物語は、日本が高度経済成長への進み始めた1958年、自然豊かな山間の集落で学校の夏休みの終わるころが舞台。少年ユウチャ(有山実俊)は、林業に従事する父・ハルオ(足立智充)と病気を患っている母・アユミ(山田キヌヲ)そして祖母・バッチャ(根岸季衣)の4人家族。暮らしは楽ではない。住んでいる家は古くて雨が降ると雨漏りがひどい。夕立に遭って帰宅したユウチャ。ラジオから大型台風接近のニュースが流れると、バッチャはこの集落に語り継がれてきた山奥の川の源流近くにある“青い淵”にまつわる悲恋と洪水伝承をユウチャに語り始める。山から帰ってきたハルオは「そんなのは昔ばなしだ」と不機嫌な表情で止める。林業の仲間たちは、政府の補助金目当てに山奥の伐採を決めたばかり。洪水伝承を気にするバッチャはハルオに大反対している。

翌日、集落に紙芝居屋(堀部圭亮)がやって来た。ユウチャは昔ばなし「鵜の眼の伝説」が、バッチャの話していた“青い淵”と重なり引き寄せられていく。物語の時代は300年ほど遡る。この里の娘・お葉(華村あすか)と喉を怪我して声を出せない弟・枝郎(有山実俊:二役)が川で洗い物をしていると川上から木彫りの椀が流れてきた。二人は伐採した木で器を作り山から山へを渡り歩く木地屋の物だろうと、川をさかのぼり返しに行く。

お葉に木椀を作る工程を教える木地屋の朔(葵 楊) (C)長良川スタンドバイミーの会

途中、幾度か聞こえてきた草笛の音。かなり山奥までたどり着くと、草笛を吹く木地屋の青年・朔(葵揚)と出会った二人。里の者と山の者は、言葉を交わすこともない。枝郎に木の葉舟を作ってやり、木彫りの椀の美しさに興味を持つお葉に小屋で作り方を教える朔の気さくな優しさ。二人の心は打ちとけていく。だが、枝郎が椀を使っていることからお葉の変化を察した父・常吉(安田顕)は、里で育ったお葉に流浪する木地屋の苦労は耐えがたいとたしなめる。朔に椀作りを教えた木地屋も長(渡辺哲)も、お葉の覚悟を擁護する朔に、木地屋の群れを去るか、お葉を諦めるか、厳しい条件を付けて迫る。里の民の文化と山の民の文化の違いから仲を引き裂かれたお葉の悲しみの涙が、“青い淵”から溢れ出て何十年かごとに洪水を引き起こし里を襲うという。

ユウチャは、言い伝えられてきた洪水の災いを宥(なだ)める方法をバッチャから教えられると、洪水を留めて病症の母親を救い出そうと決心する。バッチャの見送られて川をさかのぼり山奥の“青い淵”へと向かう…。

現代の若者に喚起する霊的
覚醒と環境倫理の再構築

金子監督は、今年2月に開催された「第二回Cinema at Sea – 沖縄環太平洋国際映画祭」に本作を出品した際、イベントのインタビューで岐阜出身の作家・松田悠八の私小説『長良川スタンドバイミー 1950』映画化プロジェクトとの邂逅について語っている。監督自身が「川」をモチーフくした映画作りに惹かれてきたことと、原作の解釈にかなりの自由度を作者から与えられ、長良川流域の土地・伝承からインスピレーションを受けて、独自の物語を作り出している。

里に流れてきた椀を山奥にいる木地屋に反そうと、川をさかのぼるお葉と枝郎 (C)長良川スタンドバイミーの会

また、昨年11月には、スペインの第62回ヒホン国際映画祭にて17歳から25歳までの若者で構成されるユース審査員最優秀長編映画賞を受賞している。受賞理由は「普遍的な感情を繊細かつ美しく描き、時間や距離を超えて物語に共感できる作品に仕上げられている」と高く評価。金子監督は「この映画は、複雑で困難な状況にある現代の世界中の人、特に若い人に対し、かつて私たち人類の誰もが持ち備えていた『自然と人間の関係への思慮』からヒントを得て、未来に向け希望を抱いて生きてほしい、というメッセージを込めて作りました。ですので、若い人たちの心に最も残ったのであれば、この作品の監督として最大級の喜びです」と語った。聖書の創造主による自然観とは趣を異にするが、金子監督が本作のメッセージに込めた現代の若者に喚起する霊的覚醒と環境倫理の再構築への提示が届いている。

現地撮影による川面の煌めきなどの映像美、高木正勝による自然音を活かした音楽性もすばらしい。ローマ・カトリック系メディア「オッセルヴァトーレ・ロマーノ」は、2015年に刊行されたフランシスコ教皇の回勅「ラウダート・シ――ともに暮らす家を大切に」との思想的親和性を論じられている。キリスト教も含め海外からの高い関心が寄せられていることが興味深い。【遠山清一】

監督:金子雅和 2024年/108分/日本/英題:River Returns/ 配給:カルチュア・パブリッシャーズ 2025年3月22日[土]よりユーロスペースほか全国順次公開。
公式サイト https://culture-pub.jp/hikarukawa/
X/twitter https://x.com/re_river_movie

*AWARD*
2024年:第62回ヒホン国際映画祭ユース審査員最優秀長編映画賞受賞。第45回ポルト国際映画祭正式出品作。 2025年:第2回沖縄環太平洋国際映画祭コンペティション長編部門アジアプレミア出品作。

(3月17日:補筆改修)