理不尽な命令でもやりこなし、残虐行為にも耐えて、生き続けることで抵抗を示したルイ (c)2014 UNIVERSAL STUDIOS
理不尽な命令でもやりこなし、残虐行為にも耐えて、生き続けることで抵抗を示したルイ (c)2014 UNIVERSAL STUDIOS

高校生でベルリン・オリンピック(1936年)の陸上5000m走に出場し8位入賞の快挙を果たし、戦時中は日本軍の捕虜になり最後まで抵抗の意思を貫いた実在したアメリカ人ルイ・ザンペリーニ(1917年1月26日~2014年7月2日)の半生を女優で映画監督のアンジェリーナ・ジョリーが映画化した作品。原作のローラ・ヒレンブランド著の同名ドキュメンタリー(2010年刊)では、ザンペリーニの少年期、オリンピック選手、出征と捕虜時代、戦後の結婚・離婚の危機を乗り越え、長野オリンピックに聖火ランナーとして参加したころまでを書き綴っている。だが、アンジェリーナ・ジョリーは、戦後からの部分を大胆に割愛し、少年時代から戦時中の爆撃機墜落による47日間の洋上漂流と捕虜になってからの執拗な拷問と虐めを耐え抜いた“不屈の精神”にフォーカスを当てて描いている。そのためか、米国公開当初から“日本軍による捕虜虐待の残虐性を煽る抗日映画”などのコメントはネットを賑わした。

映画は、観劇の機会を共有して評価と議論を交わす芸術文化メディア。137分という長尺作品のなかで捕虜時代の描写に長い時間を充てているが、制作姿勢として“抗日”の意図は感じられない。捕虜からの情報取得と独居房での監禁拘束、殴打などは描かれている程度のことは日本以外でも行われたことだろう。執拗に捕虜たちを虐待する“バード[鳥]”とあだ名された渡辺伍長は、実在のモデルがおり戦犯指名を受けていた。

戦時中とはいえ国際法で保護されている捕虜に対する理不尽な虐待に対して、“不屈の精神”をもって生き続けることで抵抗したルイ・ザンペリーニをみごとに表現したジャック・オコンネル。ヒロイズムの薫り高いストーリー展開だが、戦後に元日本兵たちへの和解と赦しのメッセージを携えて来日したザンペリーニのもう一つの不屈さをも感じさせられる演技が印象的だ。

初の演技で大作の重要な役を演じたMIYAVI  (c)2014 UNIVERSAL STUDIOS
初の演技で大作の重要な役を演じたMIYAVI  (c)2014 UNIVERSAL STUDIOS

【あらすじ】
カルフォルニア州トーランスで暮らすイタリア移民の子だったルイ・ザンペリーニ(ジャック・オコンネル)は、店のものを盗み、よくケンカする不良少年。先行きを案じる家族の中で兄のピートは、陸上競技を指導しルイの反抗的なエネルギーをチェレンジ魂へと変えていく。ルイに躍進は目指しく、高校生でベルリン・オリンピック陸上選手に選ばれた。出場した5000m走決勝では、最終周で56秒という驚異的なラップを刻んで8位に入賞し、一躍英雄になった。

だが、時代は太平洋戦争にはいり日本は東京オリンピックの開催権を返上。ルイの日本で走るという夢も敵わず爆撃機の爆撃指揮官として戦場にあった。1943年5月、乗っていた大型機がエンジントラブルで南太平洋上で墜落。ルイは機内に浸水する絶体絶命の状況で、「主よ。助けてください。生き続けることが出来たなら、これからの人生をあなたに捧げます」と祈る。搭乗した11名のなかでルイとフィル(ドーナル・グリーン)、マック(フィン・ウィットロック)の三人が生き残った。マックは1か月ほど生き延びたが、47日間の漂流の果てルイとフィルは日本の軍艦に拾われ捕虜となった。

“処刑島”と呼ばれていたクェゼリン島での厳しい取り調べ。死を覚悟したルイとフィルだが、日本に輸送され東京・大森の捕虜収容所に収監された。所長の渡辺伍長(MIYAVI)は、捕虜に対して厳しく接し、拷問と残虐な仕打ちを繰り返す。とりわけベルリン大会で有名になったルイには執拗な虐めが続いた。

日本軍の捕虜になって2年。アメリカには行方不明扱いだったルイを、日本軍は捕虜としてアメリカ向けプロパガンダ放送で話させる。最初は、ルイの原稿通りに無事を伝え家族へのメッセージを許したが、2度目は日本軍が用意した原稿を読めと強要する。放送局の食堂には、日本軍の誘いを受け入れて贅沢な食事をしているアメリカ兵もいたがルイは毅然と断り大森へ逆戻り。ルイの反抗的な態度に渡辺伍長の怒りはエスカレートする。どのような虐待行為にも耐え続けるルイ。ほどなく、渡辺は軍曹に昇格し新潟・直江津の強制収容所所長として赴任したが…。

 (c)2014 UNIVERSAL STUDIOS
(c)2014 UNIVERSAL STUDIOS

【見どころ・エピソード】
映画「戦場のメリークリスマス」など日本軍の捕虜収容所をテーマにした作品では、サディスティックな命令を下す指揮官が主役の存在感を引き立てる。本作では、演技経験のないロックギタリストのMIYAVIが、憎まれ役の渡辺を演じている。長時間に及ぶ捕虜への拷問と渡辺の冷酷さを見せつけられるのだが、次第に渡辺の心の奥底に棲む物悲しさが伝わって来る演技のは感心させられる。それは、捕虜から解放されたルイが渡辺の部屋を見回すシークエンスの中でジャック・オコンネルの内心を顕す表情へと繋がっていく。たんに残虐行為を表現して“反日”を煽る意識の低さではなく、戦争が生み出す人間の本質を問いかけている。

短いシーンだが、5000m走決勝でルイと日本人選手が競り合っているのが興味深い。この競技の決勝で日本人選手は、村社耕平が出場し4位に入賞している。この時の村社選手(1万m走も4位入賞)の力走に、当時13歳だったエミール・ザトペック(人間機関車)と呼ばれたが感銘を受け、来日に際し尊敬する村社氏(当時70歳を超えていた)との伴走を果たして歓喜したエピソードは有名。短いシーンだが、どのような状況でもチャレンジする人間へのリスペクトが織り込まれている作品でもある思う。 【遠山清一】

監督:アンジェリーナ・ジョリー 2014年/アメリカ/137分/映倫:PG12/原題:Unbroken 配給:ビターズ・エンド 2016年2月よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。
公式サイト http://unbroken-movie.com
Facebook https://www.facebook.com/unbroken.jp/

*AWARD*
2015年:第87回アカデミー賞撮影賞(ロジャー・ディーキンス)・録音賞・音響編集賞ノミネート。 2014年:第15回AFI(アメリカン・フィルム・インスティチュート)アワード「ムービーオブ・ザ・イヤー」受賞。第86回ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞ブレイクスルー演技賞(ジャック・オコンネル)受賞。第25回シカゴ映画評論家協会有望俳優賞(ジャック・オコンネル)受賞。第9回ダブリン映画評論家協会ブレイクスルー賞(ジャック・オコンネル)ほか多数。