映画「午後8時の訪問者」――良心の呵責から解き放つ真実の光と温もり
法律に触れるような過失ではないが、あえて無作為の判断をしたことで一人の少女が事故死か事件に巻き込まれて命を落としたかもしれないとしたら…。誰からも咎められることはないが良心の呵責を覚えた女医は、せめて名前と出身地だけでも調べて見知らぬ少女の身元を捜し歩く。その過程で触れ合う下町の人々、多様な人種、貧困社会の中でか細いつながりを紡いでいく人間の絆。サスペンスフルな展開の中で、社会的絆の繋がりによって心の重荷が解き放たれていく姿に癒される。
【あらすじ】
下町の小さな診療所で代務診療を担っている女医ジェニー(アデル・エネル)は、数日後に医療センターへの転職が決まっている。急患の少年の発作を見て身動きできずに立ち尽くしている研修医のジュリアン(オリビエ・ボノー)。夜の診療が終わり、ジェニーは先輩医師としてジュリアンに「診断を下すとき、患者の痛みに反応し過ぎる癖を直すように」と助言する。「直せません」と返答するジュリアン。そのときドアチャイムが一回鳴った。席を立って開けに行こうとするジュリアンにジェニーは、「診療時間は1時間も過ぎている」と言って制止し、「診察を下すときと同じ。なんでも患者に振り回されてはだめ」と注意する。ジュリアンは、話を続けようとするジェニーをにらみつけて帰っていった。
新しい職場になる医療センターでスタッフらがジェニーの歓迎パーティを開いてくれた。上司になるリガ医師(ファブリツィオ・ロンジォーネ)は、診療所のアブラン医師(イヴ・ラレク)からもジェニーが高く評価されていることをスタッフらに紹介し、ジェニーに用意された部屋に案内する。翌朝、診療所に二人の刑事が来た。川岸の工事現場近くで遺体が発見されたので、捜査のため玄関ドアの防犯カメラの映像を調べたいという。
警察に呼ばれていくと、遺体で発見された黒人の少女が何者かに追われているような緊迫した様子でドアチャイムっを一回押し、慌てて立ち去っていく映像を見せられた。警察は、名前も年齢も身元もわからないまま少女を埋葬する予定だという。ジェニーは、自分がジュリアンを注意した夜にこの少女を診療所に入れていたら死ななかったかもしれないと罪悪感を抱いた。
入院しているアブラン医師を尋ねて、ジェニーは医療センターへの転職をやめて診療所を継ぎたいと願い出る。リガ医師からも再考を求められたがジェニーの意志は固かった。遺体で発見された少女の写真を診療所に来る患者や往診先で見せるが誰もが知らないという。だが、ブライアン(ルカ・ミネラ)を往診したとき、「知らない」と答えた彼の脈拍の変化をジェニーは見逃さなかった。それでもブライアンは、ジェニーに「知らない」と白を切る。名前だけでも知ろうとして街を歩きネットカフェなどにも行って被害者の少女の写真を見せて尋ねるジェニー。ある日、ジェニーは無理やり車を止められ、二人の男から「目障りだから捜し歩くな」と脅された…。
【みどころ・エピソード】
女医ジェニーが、名前も身元もわからない黒人の少女が遺体で発見されたことで、その少女の死を悼み、少女の名前を知ろうとして尋ね歩く物語。麻薬や売春で生きていく貧困層の下町。脚本・監督のダルデンヌ兄弟の演出は、日常の出来事にサスペンスの緊張感を醸し出して見せる。親に虐待されていた研修医に「患者への診断は、感情に流されてはだめ」と指導したジェニーだが、死んだ少女の名前だけども知ろうとして老医師の跡を継いで下町の診療所に残る決断をする。テレビのサスペンスドラマなら刑事か探偵まがいの行動で盛り上がるところだろうが、ジェニーは診療所に来る患者や往診のときなど医師としての日常を超えずに少女が生きていた足跡を探し求めていく。患者の身体から聴こえてくる疼きや神経のかすかな変化をとおして、住民や移民らの下町に暮らしがジェニーの心に届いていく。患者たちは、少女のことを「知らない」と答えるがその表情のかすかの変化を冷静に読み取っていくジェニーの表情は無表情ともいえるほど感情の起伏を表さない。それでも、患者たちの心に伝わるジェニーの他者を慮る心情。女医ジェニー役のアデル・エネルが他人に寄り添うことの深さをごく自然にクールに演じていて引き付けられる。 【遠山清一】
監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ 2016年/ベルギー=フランス/106分/原題:La fille inconnue 配給:ビターズ・エンド 2017年4月8日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。
公式サイト http://www.bitters.co.jp/pm8/
Facebook https://www.facebook.com/Dardenne.cinema/
*AWARD*
2016年:第69回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品作。第41回トロント国際映画祭正式出品作。