Movie「ハーモニー 心をつなぐ歌」――ほんとうの心と出会える希望へのメロディ
旧年の9月末にNHKで「町中みんなで合唱団!―イギリス 涙と笑いの猛特訓―』が放送された。ロンドン郊外の町の牧師が合唱指導のカリスマ、ギャレス・マローンを招き、マーロンの指導で合唱団に参加した人たちが自分自身に、住んでいる町の人たちも自尊心と自信を取り戻していくドキュメンタリー。音楽と合唱には人の心を勇気づけるような大きな力が潜んでいる。
本作は、韓国の女性刑務所に実在する合唱団と実話がモチーフになっている。女性刑務所だけに皆一癖もふた癖もある人たち。中には殺人罪で死刑が確定した者もいる。
ホン・ジョンヘ(キム・ユンジン=写真)は、お腹にいた子どもを暴力癖をもつ夫から守ろうとして夫を死なせてしまい懲役10年の刑で収監された。そして、刑務所内での出産。だが刑務所内で母親が子どもと一緒に暮らせるのは、18か月間だけ。ジョンヘは、赤ちゃんのミヌに子守歌を歌うと泣き出してしまうほどの音痴だが、刑務所の外に演奏活動できる可能性に掛けて、合唱団づくりに奔走する楽天的で前向きな女性。
そんなジョンへは、元音大教授で収監者たちから母親のように慕われているムノク(ナ・ムニ)に合唱団づくりと指導を頼む。だがムノクは、美しい音楽は美しい心から生まれるもので夫と浮気相手を殺害した自分にはその資格が無いものと音楽から遠ざかってきた。しかしジョンへ熱意に押されてオーデションを行い、元クラブ歌手のファジャ(チョン・スヨン)、元プロレスラーのヨンシル(パク・ジャンミョン)、そして、性的暴力に抵抗したはずみで義父を死なせてしまい、心を閉ざしている音大で声楽を学んでいたユミ(カン・イェウォン)らが加わってくる。
収監者たち一人ひとりの人生と心に深く刻まれた深くて暗い傷。彼女たちの人生の奥にある哀しみや行き場のない憤りのぶつかり合い。ギャレス・マローンのようなカリスマ指導者はいないが、子どもたちから親子の縁を断ち切られているムノクは、収監者たちの辛さを包み込むように触れ、指導していく。娘のような世代の彼女うたちを通して、心に愛を取り戻していく姿に胸打たれる。その物語一つひとつがおかしくも哀しい積み重ねとなり、心の琴線をつなげ、合唱団のまとまりと美しいハーモニーを作り上げていく。シンプルなストーリー展開で感涙をにじませていくカン・テギュ監督の脚本と演出はみごとだ。
ミヌが生まれて18か月。ジョンヘは知り合いに預けるのではなく、ミヌを養子に出し犯罪者の母を知らずに成長させる道を選択した。愛しいわが子と涙の別離をして数年。ジョヘたちの合唱団は評判を呼び、年に一度のクリスマスの合唱団コンテストに特別招待されるほど実力を備えていた。その晴れの舞台に、家族や知人を招待できる特別な取り計らいもあって勇気がわき上がる。だが、会場のホテルでの騒動がきっかけで刑務所からきていることからあらぬ嫌疑をかけられ、人権無視の扱いを受ける彼女たち。その試練を乗り越えさせた自尊心と愛する者たちにひと目見せたい、会いたいという希望。そしてコンクールのステージへ。。。
合唱団が最初に練習するアイルランド民謡の「ダニー・ボーイ」やポップな「エレス・トゥ」(モセダデス)など今も親しまれている選曲の良さ。そしてコンクールで歌う「ソルヴェイグの歌」(E・グリーグ作)を歌う合唱団一人ひとりの表情は、愛する者たちを待つ想いとあきらめてはいけない心の希望を観る者たちに語り掛けてくる。どんなに哀しい別離が待ち受けていても、ほんとうの心と出会えた喜び。そして、愛する者との絆は、失われない希望へのハーモニーを奏でる勇気をもたせてくれる。 【遠山清一】
カン・テギュ初監督作品(韓国、1時間55分)、配給:CJ Entertainment Japan。2011年1月22日(土)よりシネスイッチ銀座、新宿バルト9ほか全国ロードショー