©『種まく旅人―みのりの茶―』製作委員会
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フライヤーのトップでこう謳っている。’これからの「新しい価値観、豊かな生き方」を応援する みると元気になるオーガニック・シネマの誕生!!’ なるほど、農林水産省官房企画官・大宮金次郎役の陣内孝則と、リストラの憂き目にあい東京から故郷に帰るヒロイン森川みのり役の田中麗奈の頑張りと爽やかな笑顔を見ていると、やる気になれるから不思議。

アパレル企業でデザイナーの仕事をしている森川みのり(田中麗奈)は、ある日上司から業務縮小のためリストラを匂わせられる。思わず「デザインができないなら、私が居る意味はないですね」と啖呵を切り退職してしまう。その夜、父親の修一(石丸謙二郎)に、「入社に際して世話になった人に顔向けがない」となじられ、父のコネで入社できたことを知り、何事も先回りしてレールを引こうとする父親に腹立たしさが増すみのり。故郷の大分県臼杵市で独り暮らししながら茶畑を守っている祖父・修造(柄本 明)の所へ行き気を紛らわす。頑なに有機栽培でお茶づくりをする祖父・修造と企業戦士の父・修一は、何かと馬が合わず疎遠になっている。

みのりが修造の家に着いた夜、’風来坊の金ちゃん’がふらっと修造を訪ねてきた。満面の笑みで喜び迎える修造。「この人は、百姓の気持ちがほんとに分っとる」と言う修造。実は金ちゃんは、この市に出向してくることになった農林水産省官僚だが、身分は誰にも明かしていない。市役所には、有機栽培での改善策を地元の農家青年たちと考えている職員の木村卓司(吉沢 悠)がいる。だが、上司たちは大規模茶園への動きに着目し、木村の改善案には見向きもしない。

©『種まく旅人―みのりの茶―』製作委員会
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ある日、修造が祖母のお墓の前で倒れた。側に金ちゃんがいたため命は助かったが、長期入院が必要。金ちゃんにも勧められ、仕方なく修造の茶畑の手入れを始めたみのり。自分の将来や仕事のこと、慣れない茶畑のこと。悩む中で、みのりは農園カフェを始めて脚光を浴びている友人の栗原香苗(中村ゆり)を訪ねる。自分の仕事を見つけて生き生き輝いているように見える香苗。正直に褒めるみのりに、香苗は「おしゃれで楽しいだけの仕事なんてどこにもない」と傍からは見えない現実の厳しさを打ち明ける。みのりにも、その真摯な声が届き、何かが変わっていく。

2年ほど前になるか、農業や食の在り方に目を向けようと’ノギャルプロジェクト’が、渋谷で自分たちで作ったコメを’シブヤ米’として配り話題になった。真面目な視点でよい取り組みと思うが、どこかファッショナブルで都会受けする感はまぬかれない。

この作品には、映画としてのストーリー展開はあるとしても、栗原香苗がみのりに自分の生き方でみつけた言葉を語れる真実さがストーリーの柱にしっかり据えられている。大宮金次郎にしても映画的な表現だが、1960年代には産地を愛し現場の知識に富んでいた官僚が、現在の官僚イメージとはほど遠いくらい存在した。信念を持って生きる人、自分探しにどう取り組んでよいのか手探りな世代。’お茶’という身近な農作物が、自然からの恵みと食する安らぎを、人間の生き方を重ねて実感させてくれる。

ふと旧約聖書のことばを思い出した。「神である主は人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた」(創世記2:15)。自然を愛し、作物を愛して守る目は、天変地異の予兆にも聡くなる。守るべき自然から目を離し、未知の薬害に関心を持たなければ、その実は自分だけでなく人間に返ってくる。大分の自然と収穫を手伝う情景に思わされる。自然から離れ失われゆく共同体への哀歌を奏でるのは避けたいと。  【遠山清一】

監督:塩屋俊 2011年/日本/121分/ 配給:ゴー・シネマ 3月3日(土)より大分・福岡先行ロードショー。3月17日(土)より有楽町スバル座ほか全国ロードショー。

公式サイト:http://www.tanemaku-movie.com