映画「残像」――表現と思想の自由の抑圧に抗った孤高の画家の闘い
この作品がアンジェイ・ワイダ監督(1926年3月6日‐2016年10月9日)の遺作になってしまった。亡くなる前の初夏、監督は、本作について書き残している。「長い間、ある芸術家――ある画家の物語を、映画にしたいと考えていました。…『残像』は、自分の決断を信じ、芸術にすべてをささげた、ひとりの不屈の男の肖像です」と、ポーランドの近代芸術に大きな足跡を残し、芸術表現と言論の自由を社会主義リアリズムの型にはめ込もうとする全体主義国家に抵抗した美術理論家で抽象画家ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキ(1893~1952年)を描くことで、いまもゆっくりと個人を苦しめ始めている全体主義国家の息遣いを浮き彫りにしていく。ポーランドに生まれ、軍の将校だった父親をカティンの森事件で亡くしたワイダ監督が、いまも表現と言論の自由を覆い始めている重苦しさにどう対応すべきかを想い観るための遺言ともいえる作品。
【あらすじ】
第二次大戦が終結した直後、ポーランドは社会主義政権によってスターリンによる全体主義に脅かされていく。
ユニズム理論の共同提唱者でウッチ造形大学教授を務めていた画家のヴワディスワフ・ストゥシェミンスキ(ボグスワフ・リンダ)は、学生たちからも“近代絵画の救世主”と崇められていた。だが、芸術文化の世界にも社会主義リアリズムという単一の価値観が強要されていく。芸術は政治の理念を反映するものという当局に、大学も文化庁も従わざるを得なくなる。だが、ストゥシェミンスキは自ら熟考し表現してきた芸術に妥協せず、作品に政治を持ち込むことを断固拒否する。
党の方針や規則に抗い独自の芸術を追求しようとするストゥシェミンスキは、体制側なのか反体制側なのかと問われ、「私の側だ」と応答し、やがて大学とポーランド芸術家デザイナー協会から追放される。思想弾圧を受けるなか、前衛彫刻家でともにウチ美術館を建設した同士であった元妻カタジナ・コブロが、同様に苦渋のなかで病死する。すでに破綻していた夫婦。カタジナは娘ニカ(ブロニスワヴァ・ザマホフスカ)に自分の死を知らせるのを拒否していたため、葬儀に寄り添ったのはニカ一人だった。
食糧配給は受けられず、画家の会員証も破棄され画材も入手できなくなったストゥシェミンスキは、友人や彼を尊敬する学生らわずかな人たちからささやかな支援を受け、ぎりぎりの生活を強いられる。そんなストゥシェミンスキが語る「視覚理論」を筆記し、自分たちの作品に対する講評を受けるために集まる学生たち。母親の死後、ストゥシェミンスキのアパートで暮らしていた娘のニカは、女子大生ハンナ(ゾフィア・ヴィフワチ)が父親へのなれなれしい態度をいぶかり学校の宿舎に転居する。ますます困窮し病が重くなるストゥシェミンスキに、学生たちがようやく見つけてきた仕事は、プロパガンダの看板を描く作業所という皮肉さ。だが、当局はその作業所にも圧力をかけてストゥシェミンスキから絵筆を取り上げる…。
【見どころ・エピソード】
第一次世界大戦にロシア軍工兵として出兵し、左腕と右足大腿部以下を失う重傷を負ったストゥシェミンスキ。
それでも深い学識と前衛芸術を拓く絵画作品は、第二次世界大戦以前から彼の評価を高め名声を得ていた。本作の冒頭、草原の小高い丘でスケッチする学生たちを見回していたストゥシェミンスキが、横になって丘の斜面を転がり下りると、学生たちもおもしろそうに笑い声をあげながら転がり下りてくる。間もなく大学を追わ教授の栄誉も芸術への評価、自由人としての尊厳をも徹底して全否定され、人生の奈落の底へとおとしめられていくことへの暗示。アパートの自室で制作しているとプロパガンダのイベントの赤い膜が窓を覆い自由な光を遮る象徴的なシーン。冒頭から、自由な表現と思想を制圧する権力が、いまも私たちの身近にあることを感じさせられる。
ワイダ監督は、本作に寄せて「全体主義国家で個人はどのような選択を迫られるのか。一人の人間がどのように国家機構に抵抗するのか。これは過去の問題と思われていましたが、今もゆっくりと私たちを苦しめ始めています。どのような答えを出すべきか、私たちは既に知っている。そのことを忘れてはならないのです。」との言葉で締めている。誰もがストゥシェミンスキになることではないのだろう。ただ、希望を抱き続ける生き方は、人間の尊厳の輝きを曇らせることはない。 【遠山清一】
監督:アンジェイ・ワイダ 2016年/ポーランド/98分/映倫:G/原題:Powidoki 英題:Afterimage 配給:アルバトロス・フィルム 2017年6月10日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー。
公式サイト http://zanzou-movie.com
*AWARD*
2017年:第89回アカデミー賞外国語映画賞ポーランド代表作品。 2016年:第42回トロント国際映画祭マスター部門上映作品。