©2010 SECONDWIND FILM. All rights reserved.
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どのような社会にも、厳しい現実とある種の’冷たさ’は存在する。人が多く集まる大都会だが、ともすると’点’としての人間の存在感であって、地域での’つながり’にならない寂寞たる心の風景へと追いやられる。とりわけ脱北して韓国に新しい暮らしを求めたが、偏見や就職できない厳しい現実に置かれ暗澹としている姿に、この作品は冷静な眼差しを向けていく。

脱北して適応訓練を終え、身辺安全と就職などの世話をするパク刑事の指導を得ながらソウルで暮らすスンチョル(パク・ジョンボム)。やぼったいオカッパ頭に固執し、生真面目な性格だが不器用でポスター貼りのバイト先の社長にも疎んじられている。脱北仲間のギンチョル(チン・ヨンウク)は、中国の叔父を通して北朝鮮の家族に送金する闇ブローカーをしており、スンチョルを自分のアパートに同居させ、何かと面倒を見る。だが、スンチョルは、どこか馴染めず真面目に職探しをするが「125」で始まる13桁の住民登録番号は脱北者固有の番号であり就職できない。ポルター貼りもヤクザが因縁をつけられて殴られる。

そんなスンチョルが安心していられる場所は、プロテスタント教会での礼拝と聖歌隊で歌う素敵な女性スギョン(カン・ウンジン)への憧れ。そして、街に捨てられていたチンドン犬とプサン犬の混血の白い子犬’ペック’。ある日、スギョンの後をつけるとホステスが付くカラオケバーに入っていた。スギョンは、父親が経営していその店のマネージメントを手伝っていた。その店のアルバイトに応募してスンチョルは雇われる。間もなく、教会でスンチョルを見かけたスギョンは、自分の風俗店で働いていることを黙っていてほしいと懇願する。だが、不器用でお客ともいざこざを起こしたスンチョルは、スギョンに一方的に解雇され、教会にも来ないでほしいと突き放された。安らぎの場も憧れも失ったスンチョル。ポスター貼りのアルバイトも解雇され暗澹とした気持ちで爆発寸前のスンチョルに、いつものヤクザが因縁をつけてきて、初めて切れて殴り倒した。

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ギンチョルにも大きな事件が起きた。中国の叔父が北朝鮮へ送金する前に公安に逮捕され、脱北仲間から命を狙われる羽目になり逃げまわっている。スンチョルに「お前の服のポケットに隠した手持ちの金を持ってきてくれ」と頼みこむ。

いろいろな出来事に追い詰められて目いっぱいになっているスンチョル。パク刑事は就職の顔つなぎのためにスンチョルが通っていた教会の祈祷会に案内する。そこで初めて自分が脱北者であり、飢饉で餓死者が出る自分の村で起きた出来事が、いまも自分の心の重荷になっていることを告白する。スンチョルのために祈りを促す牧師。それを聞いていたスギョンは、自分の今までの態度と不明さをスンチョルに詫び、再びカラオケバーでのバイトに雇うのだが…。

タイトルの「ムサン」とは、脱北者が越境を目指す中国の町の名前。だが、その町のことは描いていない。ムサンは、脱北し自由な場所へ逃れていくための象徴的な存在でもある。

かつては政治亡命が脱北者のほとんどだったが、1995年の北朝鮮の大飢饉以来、飢餓状態の苦しみを逃れて、家族に送金するためなど経済難民が多く脱北し、現在は2万人以上が韓国に暮らしているという。希望をもって脱北してきたものの、韓国での現実は厳しく、脱北者への偏見なども就職を困難にしている。その実情をパク・ジョンボム監督が脱北者の友人の話をモデルに、自ら脚本を書き主演し製作も手掛けた。その篤い思いがいたるところに描かれ、ラストシーンでの深い感動へとつながる。

ロッテルダム国際映画祭グランプリ受賞はじめ海外での映画賞での評価は高く、ラストシーンの黙示的な演出は心を深く動かす。また、スンチョルの純粋さと深い孤独感に切なくなるが、その心の重荷に教会の存在が一つの拠り所であり、現実を生きる転機への一歩を踏み出させていることに安堵感と複雑な距離感を考えさせられる。   【遠山清一】

監督:パク・ジョンボム 2010年/韓国/127分/原題:Musanilgi  配給:スターサンズ 2012年5月12日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

公式サイト:http://musan-nikki.com