©2010ウィルコ/プレス/サンクスラボ
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‘見応えのある映画’という言葉には、さまざまなイメージとインパクトを想起することだろう。理由も分からずに拉致された女子高生が、肉体的にも精神的にも追い詰められていく映像と残響音での描写、観る者をミステリアスな不安と衝撃的な結末へと誘う展開は、かつて日本アート・シアター・ギルド(A.T.G.)作品群に触れて経験した’見応えのある映画’との出会いを彷彿とさせられる。

木陰から少し距離のある家の家族の様子を覗き見る若い女・ミカ(於保佐代子)。翌日も、雨降る中、家族の様子を伺っている。数日後。高校へ登校途中の娘・綾乃(柳生みゆ)を誘い出し、何処か分からない暗い部屋に拉致する。綾乃が何を聞いても一言も答えず、抵抗しても打ち負かされる。2日目、綾乃の携帯から母親の直子(滝沢涼子)へ「あんたの一番大事なものを壊してあげる…」と、メールを送信するミカ。メールを受け取り動揺する直子、そして綾乃は憔悴し始めていく。

2010年10月の東京国際映画祭「ある視点」部門に出展された作品だが、昨年の上海国際映画祭新人映画部門審査員特別賞受賞など海外で高い評価を得て、ようやくの国内公開を迎えた。

出産後ほどなく街のゴミ収集場に捨てられ、乳児院、養護施設で育ったミカは、大人になり、自分を捨てた母親・直子を探し当てた。そのことが語られるまでの、息をのむ映像と展開。物語の結末も衝撃的だが、エンドロール後の映像にも心を強く探られる。

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2007年に熊本市の慈恵病院が設置した赤ちゃんポスト「こうのとりのゆりかご」が、今年5月10日に5年を迎えた。その間、昨年9月までの4年半で81人の乳児を受け入れてきた。玄関先やゴミ捨て場など不衛生な所に捨てられ子どもの命を守ることが最優先として、匿名性を重視し電話相談にも応じてきた病院の方針にいまも批判と議論は続いている。この作品が取り上げているテーマは、堕胎、児童遺棄、幼児虐待のニュースの絶えない日本に厳しく重い問い掛けを発している。

作品の衝撃的な結末には、様々な意見があり、納得できない観客層もあることだろう。だが、議論の起こる結末だからこそこの作品は、人の心に失われつつあるかもしれない親になるという温もりと情愛の実感を厳しく思い起こさせようとしている。エンドロール後の映像に、しばし立ち上がれなかった静かな衝撃は、そのような時空間を映画館の中に生み出している。

聖書の?列王記3章16―28節に、神の知恵を求めたソロモン王が最初に持ち込まれた裁きが記されている。数日違いで出産した二人の母親のうち実の母親は、子どもを二つに切り裂いて二人に分けろと命じる王に向かって自ら相手の女にその子をあげることで、殺さないでほしいと懇願する。この作品で母親と子どもの命ををつないでいた臍帯の実在と意味に思いを巡らしながら、ふとソロモン王と二人の母親の聖書の記述が思い出された。  【遠山清一】

監督:橋本直樹 2010年/日本/108分/英題:Birth Right 配給:ゴー・シネマ 2012年6月16日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

公式サイト:http://www.saitai-film.com