Movie「希望の国」――「希望」はいつまでも残るもの
3・11東日本大震災とその後を追ったドキュメンタリー映画は、作品数的にも数多く公開されている。だが、3・11以後の東京電力福島第一原発事故を正面からしっかり見つめた劇映画としては初めての公開作品。原発事故を忘れたいかのような日本の’いま’に、老年・青年・若者3世代の夫婦とカップルをとおして、生きようとする人間の心の気高さと尊厳を詩情豊かに描いている。
舞台設定は、東日本大震災から数年後の20XX年の長島県。小野泰彦(夏八木 勲)は、妻・智恵子(大谷直子)、息子の洋一(村上 淳)と妻・いずみ(神楽坂 恵)の4人家族で酪農を営んでいる。牛舎の乳牛を飼育し野菜などを栽培するのどかな日々。だが、長島県東方沖にマグネチュード8・3の大地震が起きた。地震がおさまった後、泰彦の頭によぎったのは2011年3月11日の東日本大震災。そして原子力発電所の地震による事故。泰彦は「あの時と同じだ」とつぶやく。
やがて、原発から半径20Km圏内が警戒区域に指定され、人々の生活は一変する。道路を挟んだ向かいの鈴木 健(でんでん)・めい子(筒井真理子)と息子のミツル(清水 優)一家の家は警戒区域内に入り、小野家は圏外。境界線に杭が打ち込まれていく。3・11と原発事故での事態を忘れていない泰彦は、「国はあてにならない」と、洋一といずみ夫妻を自主的に避難させようとする。だが、自分たちは、生まれ育ったこの家と土地、牛たちを見捨ててはしない。ここで生き抜くと言う。
認知症の母・知恵子と父親を残して自分たちだけで逃げることは出来ないと言い続けるが、泰彦と妊娠している妻・いずみに説得を聞き入れ圏外へ避難する。いずみは、子どもを守りたい思いから、放射能への恐怖が募り過敏と思える対応をとっていく。過敏すぎるのではないかといぶかる洋一には、「これは見えない戦争なの。弾もミサイルも見えないけど、そこいらじゅう飛び交っているの、見えない弾が!」と切実な思いを叫ぶ。
取るものもとりあえず、半強制的に避難所へ移送された鈴木家の家族。息子のミツルは、ガールフレンドのヨーコ(梶原ひかり)の実家が原発から数キロしか離れてなく、津波が襲った後の両親の安否が心配で仕方ない。ヨーコをバイクに乗せて、警戒区域内の実家へ走るミツル。ふたりは、誰もいないうっすら雪を被った瓦礫の町を捜し歩く。
映像が追う3・11後の風景と現実的描写。さまざまな不安や圧迫、放射能との「目に見えない戦争」に追い詰められていくような展開。どこにタイトルの「希望」があるのだろうか。
いつまでも残るものは「信仰」「希望」「愛」。確かに「希望」はいつまでも残るものの一つなのだ。泰彦の決断に賛同することはできないが、そこで「生き抜く」ことの一つの現れ方なのだろうか。若い世代の共生と希望への決意。ラストシーンでのいずみの一言に、すべての希望が結実している。【遠山清一】
監督:園子温 2012年/日本=イギリス=台湾/133分 配給:ビターズ・エンド 2012年10月20日(土)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー