2017年07月23日号 03面

国連難民高等弁務官事務所の2016年の難民統計によれば、世界中で国内の紛争や迫害ゆえに自国を離れざるを得なくなった人は、現在6千560万人。連日のようにニュースで伝えられるシリア難民は、そのうち500万人を超えている。その難民支援に取り組む、NPO法人日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET、鎌田實代表)スタッフの内海旬子氏(海外事業担当)が6月25日、「シリア問題と私たち~どうしたら平和は実現するのか~」と題して横浜市内の教会で講演、シリア難民の現状と支援活動について報告した。

自国だけの平和はありえない

シリア内戦による難民の発生は、2011年3月15日に起きた民主化要求運動を発端とする。「アラブの春」と呼ばれる、10年末からアラブ諸国において発生した民主化を求める大規模反政府デモの影響がシリアにも及び、首都ダマスカスで治安当局とデモ隊が衝突、武力制圧が起きる中でデモ隊側に負傷者が出た。その後も政権側と反政府組織やデモ隊との衝突が続き、紛争状態が収まらずにいる。当初、事態は早々に決着すると見られていたが、政権側、反政府側、それぞれに武器供与等の支援を行う国が現れ、紛争は長期化し代理戦争の様相を呈している。加えて、その混乱に乗じてイスラム国(IS)が侵攻し、14年6月、北東部の街ラッカを「首都」とする「国家」の建国を宣言してしまう。
内海氏によれば、紛争前のシリアは、首都ダマスカスも地方も安全で、人々はやさしく、周辺国で活動する援助関係者が「危険地休暇」として訪れ、心身ともにリフレッシュする国だったという。繰り返される「停戦合意」とその破棄。短い時には3日で戦闘が再開された。空爆の被害による死者は22万人以上、負傷者は100万人以上に上る。人口2千100万人のシリア人のうち、現在500万人を超える人が難民となって国外に逃れ、760万人以上が国内避難民となっている。合わせて千260万人、実に国民の半数以上が家を追われた状態である。
難民というと多くがヨーロッパに行っているイメージがあるが、実際は周辺国にとどまるケースが多い。トルコ230万人、レバノン107万人、ヨルダン65万人。一方、ヨーロッパではドイツでも18万人である。彼らの多くは、戻れるようになればすぐにでも国に帰りたい、家族が近くにいる、などの理由でシリア周辺にとどまっている。一方、シリア国内では、紛争が長期化複雑化する中で、紛争自体の政治的解決の困難さが懸念され、それまで培ってきたコミュニティーがバラバラにされたことによる社会機能の破壊、避難生活により教育を受けていない子どもたち「失われた世代」の出現が、問題になっている。
内海氏が所属するJIM-NETが支援活動を行なっているヨルダンでは、ISによるテロが原因で昨年6月に国境を閉鎖したため、現在国境地域の何もない場所に5万人以上のシリア人が待機している。ユニセフなどが食糧支援、医療支援を行っているが、必要が十分に満たされているわけではない。ヨルダン国内にいる難民も、65万人のうち、約8万人がキャンプで暮らし、あとは都市部でアパートを借りて暮らしている。難民の15人に1人が空爆により負傷し、うち3割以上が重度障害を抱えるが、難民が多く住む家賃の安い高層マンションにはエレベーターはなく、障害者も階段を昇り降りしなければならず、介助がなければ車椅子での外出は不可能である。国連も難民支援を呼びかけるが、必要の半分も満たされていない。ヨルダンの難民キャンプ外で暮らすシリア難民は、1日3.2ドルの貧困線以下の生活をし、レバノンのシリア難民の55 %は標準以下の低水準のシェルターで生活している。その結果、児童労働、物乞い、低年齢での結婚が増加し、難民が臓器売買の被害にあうケースも報告されている。

31義手義足の提供義手義足の提供

JIM-NETでは、以下の支援活動を行なっている。「アクセス支援」(病院への送迎)、「義手義足の提供」、「在宅リハビリテーション」、「社会活動参加」(難民が自主的に社会活動に参加できるよう支援)、「女性障害者へのアプローチ」(文化慣習的に外に出にくい女性たちのニーズを調査し、応える)。また、シリア紛争そのものの終結に向けて、日本政府や国会議員、メディアへの働きかけや、シンポジウムなどの開催を通して一般市民への働きかけも行なっている。

30-1アクセス支援30-2アクセス支援アクセス支援

最後に内海氏は、人道支援だけではかなえられない願いだとして、「シリアに帰りたい」「障害者になったことより、難民になったことがつらい」「将来の希望がほしい。仕事をしたい」「どうか私たちを忘れないで」という難民たちの声を紹介し、次のように支援を呼びかけた。「私たちの国も、テロ対策の名のもとに新しい法律が作られてしまっている。でも、テロの要因は中東情勢の不安定さにこそあり、その要因には欧米諸国や、もちろん日本も深く関わっている。その意味で、シリア難民の問題は私たちの問題であり、私たちの日常の安定に直結している。グローバル社会の中では自分の国だけが良いということはありえない。互いに協力し合ってこそ平和は生み出せるものだということを、既に私たちは歴史から学んでいるはず。とかく私たちは何が『できるか』と考えがちだが、何を『すべきか』『すべきでないか』を考え、行動しなければならないと思う」